明学東村山有志ボランティア・チームの気仙沼活動報告

 明治学院東村山高校有志ボランティア・チーム第2陣は、7月25日と26日に気仙沼市で活動させていただきました。
 ワーク内容は、鹿折中学校に建設された仮設住宅(120軒)の側溝の泥出しと草むしりでした。泥が堆積したため水がうまく流れず、そこにボウフラがわいて困っているとのことでした。
 生徒11名・教師2名の13名のチームが2日間かけて、土嚢袋43袋分の泥を出し、草を刈り、なんとか側溝とその周辺をきれいにすることができました。
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 生徒の感想をいくつか紹介します。
 今日は、本格的なワークを行った。この暑さの中の作業はとても大変だったが、みんなで力を合わせてやるととても効率よく良いペースでできて良かった。帰り際に気仙沼の港周辺を通って来た時は本当に言葉が出ないほど衝撃的だった。石巻とは復興のスピードが全然違う。町の中は地盤沈下によってまだ水の引いていない場所や、完全に水没している場所もあり、どのように町を再建していくのか気になるし、まだまだ時間がかかるのだなと思った。(高3・別府)
*気仙沼の被災状況は次の動画をご覧ください。

 どろ作業はちょっとしかしていないのに腰が痛くなったし、疲れました。やっぱりたくさんの人と協力と力と時間が必要だということがとても感じられました。また、自分のことを大切に思いながらも周りのことを考え行動するとうバランスが大事だと教えられました。今回、草むしりや泥出しをやってみて、本当にその地域のため、その人のためになること、ということは何なのだろうかと、とても深く考えるようになりました。今日の仮設住宅での演奏会で私は、演奏を聴いている被災者の方が涙を流されているのを見ました。そして、演奏をされていた方々は、「私たちは何もできない。演奏しかできないんだ」と言っていました。私はそれを聞き、「微力だけど無力ではない」という言葉を思い出し、胸が苦しくなったと同時に、今の私に出来ることを精一杯やっていこうという強い決意を抱きました。また絶対にここに戻り、活動をしていこうとおもいます。(高1・乗金)
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 第2陣は27日に活動を終え、東京へ帰ります。今回の経験を糧にして、またボランティアに参加してほしいと願っています。
発信:佐藤飛文(さとうたかふみ)
*活動の詳細は、明学東村山有志ボランティア・チームのブログをご覧ください。

蜂の巣駆除

被災地でのワークは瓦礫撤去から始まり、
床下の泥の撤去、室内の掃除、
そして畑の泥の撤去、雑草取りへと移行していっています。
メインの作業は以上のようなものですが
たまにちょっとしたお手伝いをすることもあります。
つい先日、あるお宅に蜂の巣の駆除を頼まれました。
蜂の巣といってもまだ小さくて、蜂の数も少なかったので
今のうちにとってほしいとのことでした。
早速その日のうちに蜂駆除スプレーを購入し、
次の日の休憩時間を利用して駆除開始!
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蜂の巣駆除のポーズ!(注:駆除をしているのは後ろの人です。)
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スプレー効果で蜂の子がポロポロ落ちてきました。
柔らかい…。
スプレーしただけで見事殲滅!
あとは巣本体を小突いて落として終了!
作業時間5分!!
こういうワークもたまにはいいですね。
些細なご依頼もガンガン募集中です!
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ご褒美にメロンパン!やったね!
支援センタースタッフ
川上侑

石巻ワーク

エマオでは月曜日から金曜日、自転車で七郷に行くグループとは別に車で石巻に行くグループがあります。
今までブログにあまり登場していなかったので、エマオに来て初めて石巻ワークの存在を知るボランティアさんは少なくありません。
なので、今日は少し石巻ワークについて書かせていただきます。
石巻グループは、朝のミーティング直前にメンバーを募ります。
その日のボランティアさんの人数と七郷に必要な人数によりますが、
だいたい5~10人で向かいます。ミーティングが終了してから、七郷に向かう自転車隊とほぼ同時に出発します。
道路の混み具合によりますが、ワーク先の石巻市渡波(わたのは)地区に到着するのは11時前です。
その日の作業内容によってグループ分けをし、お昼までワークをして、30分ほどの昼食休憩をとります。
それから3時半までワークをし、30分かけてじっくり後片付けをします。
渡波でのワークは、お宅の方が戻られてるなかでのお宅の中や周りの作業がほとんどなので、
ワーク前よりもきれいにすることを心がけています。
こういう小さな配慮も、信頼関係を築いていくうえでは大切なことだと思います。
ワーク終了後は、近くの自衛隊のお風呂に入って一日の汗を流します。
残念ながら今月末でこの自衛隊のお風呂はなくなってしまうのですが、体験できたボランティアさんにとっては、テントの中でのお風呂という変わった経験とともに、被災者の方と生活の一端を共有しながらコミュニケーションをとる良い機会になっていたと思います。
そしてだいたい4時半に渡波を出発し、渋滞がなければ6時半頃にエマオに到着します。帰りの車中では、シェアリングをしたり食べたり寝たり、自由です。
石巻でのワークは主に、側溝や床下の泥だし、倉庫の片付け、畑の砂出し、外壁や家の中の掃除などです。
しかしお宅の方の希望があれば、障子やふすまを貼ったり、雑草をとったりと、
寄り添えるきっかけになるのであれば何でもOKです。
ボランティアさんが何でもかんでもしてあげたら被災者の方が何もしなくなってしまう、という意見もありますが、
ボランティアさんがしてるのを見て自分でもしないとって前向きになった、という声も聞きます。
復興に向けていろんな取り組み方があるとおもいますが、エマオでは被災者に寄り添うスローワークを大切にしていきたいと想っています。
8月からは、石巻に寝泊まりできるエマオの拠点ができます。
これによって、もっとゆっくりとお宅の方とふれあったり、まだまだボランティア活動が行き届いてない地区に踏み込んでいけたらなぁと考えています。
なので、七郷に自転車で行く自信がなかったり、体力に不安があっても、どんどんボランティアに来てください。
まだまだボランティアさんにできることはたくさんあります!
小林加奈

明学東村山有志ボランティア・チームの石巻活動報告

 明治学院東村山高校有志ボランティア・チーム第2陣の生徒11名と教師2名が7月23日に活動をはじめました。宮城県登米市を拠点として、石巻市や気仙沼市で活動をする予定です。
 7月24日(日)は石巻栄光教会と石巻山城町教会で礼拝を守った後、石巻市内をフィールドワークし、夕方から広渕小学校で炊き出しを行いました。「流し温麺(うーめん、宮城県白石市の名産品です)」をしたのですが、「流し素麺は何度かしたことあるけど、流し温麺は初めて!」と被災者の方々に喜んでいただくことができました。
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生徒の感想を紹介します。
「日和山公園からの景色では、津波がいかに広範囲にわたって被害をもたらした事を感じました。わずかに建物が残っていると思っていました。しかし、公園から下りてその現場に行ってみると、建物は1階部分が流されていたり、柱が曲がったりと、全く住めない状態である事に驚きました。そして、実際に赴いて見ることの大切さを知りました。また、炊き出しをした時に、避難している方々はとても明るく、ふと気付くと、被災されている方であることを忘れてしまう程、元気にしている事に驚きました。」(川崎)
「日和山公園から見た石巻の景色は想像以上で驚いた。テレビで見てはいたけど、実際に見たときのショックはかなり大きなものだった。石巻栄光教会の方々はみなさん優しく温かい人で、過ごしやすい礼拝だった。流しそうめんをやった時、被災者の笑顔に逆に自分が励まされた。みんな笑顔で強いなと思った。」(真田)
 25日(月)は気仙沼の仮設住宅で縁台の修理や側溝の泥出し、河原の草むしり作業などをおこなう予定です。生徒たちの安全と健康が守られ、充実した活動ができますよう、お祈りください。
発信:佐藤飛文(さとうたかふみ)
*活動の詳細は明学東村山有志ボランティア・チームのブログをご覧ください。

蚊よいつでもこいぃぃぃ!

嘘です。
来たら困ります。
最近蚊の被害が(地味に)深刻です。
今日も何人もの腕を掻き毟るワーカーの姿が目撃されてます。
なので今後ボラ参加される方には蚊対策グッズなどをオススメします!
というか最早必須ですね。
蚊以外の虫の被害も想定されるのでそちらの対策もした方が良いかと。
腕をかかずにワークでいい汗かこうぜっ!
……おあとがよろしいようで
支援センタースタッフ
川上侑

4ヶ月

昨日の7月11日で震災から四ヶ月になりました。
昨日も、ボランティアみんなで輪になって、手をつなぎ、午後2時46分に合わせて黙祷をささげました。
それぞれに歩んできた人生も違う人たちが、ひとつの輪になって祈りをさざけました。
いろんなことを考えました。
たくさんの人たちの思いがそこにあるんだろうと・・・。
前を向いていく人たち
今もそこで現実と向き合っている人たち
どうしたらよいか分からず悩み続けている人たち
ほんの少しでも寄り添うことができたらと願う人たち
震災は、たくさんのものを奪っていきました
でも、わたしたちはこうして生きています。
生きているということは、これからたくさんのものを作っていくということです。
失ったものはたくさんあります。
でも、それでもわたしたちは生きていきます。
互いに支えあいながら、たくさんのつながりを作り続けていきたい。

変わってきたこと、変わらないこと

津波は塩を含んだ汚泥を運んできていたため、次第にご家庭のお庭の木が赤くなり、枯れかけていました。
周囲を見渡してもまわりは土色。
何もかもが同じような色に見えました。
泥とヘドロにあたりは覆われ、そこに瓦礫の山が点在していました。
<四月の自転車移動の風景>
$「東北教区被災者支援センター」の公式ブログ-4月の自転車
それから数ヶ月。
おそらく大きく変わったのは、周囲の色です。
それまで何もなかった泥の地面に、草が生え始めました。雑草です。
今は、見渡す限り、緑が広がっています。
でも、それは田園風景ではなく、荒れ果てた草原。
そこに変わることなく瓦礫の山が点在しています。
<七月の自転車移動の風景>
$「東北教区被災者支援センター」の公式ブログ-7月の自転車
ワーク作業は泥かきの前に草むしりから始めなければならなくなりました。
最近、あまりテレビで津波の被害にあった地域の放送がされなくなったと聞きました。
もう何もかも元通りになったのではと思っている人もいるかもしれません。
たしかに被災当時に比べれば、良くなったこと、変わったこともあります。
でも、今も変わることなく、泥かきのボランティア活動は続いています。
今も、泥に覆われている土地、家屋があります。
たくさんの瓦礫が今もそのままです。
ボランティアの力が、今も変わることなく必要とされています。