5か月ぶりに訪れて

以下の文章は、ゴールデンウィークに参加されて、約5か月ぶりに再び支援センターの営みに参加して下さった方の、3日間のワークを終えての感想です。
一度当センターを訪れて、二度三度と再訪して下さる方々には心より感謝します。

 ゴールデンウィークに見た360°泥とがれきの風景は、雑草の草原へと変化していた。
がれき処理場が出来ていたり、トラックがたくさん通っていたりと、復興が少しずつ進んでいると感じた。
ゴールデンウィークの80~100名の規模から比べると、今回は夏休みも終わった後でもあり、とても少人数ではあったが、エマオの志は変わらずに継続されているのはやはり素晴らしいと感じた。
 エマオにボラセン(支援センター)がある限り、また、来たいと思う。
(H.M)

心豊かになりあいたい ~石巻のボランティアを経験して~

 以下の文章は、9月11日から17日まで、ワークに参加して下さった方の、ボランティアに参加してみての感想です。
こうして、機会を作って参加して頂けることに、心から感謝します。
9月11日から、17日までの一週間エマオでボランティアをさせて頂きました。
 そのうち、5日間は石巻のSさんのお宅でボランティアをしました。本当によくしていただいて、本当に自分がボランティアされる5日間になったように思います。やったことは、草刈りの後の草を土のう袋に詰めたり、家のお手伝い、買い物のお付き合いなど、正直、復興支援で描いていたイメージとは違うものでした。
 でも、それ以上にSさんからの貴重な話を聞き、自分の成長になりました。「心豊かになりあいたい」とSさんを話ができたことが、来た意味があると思っています。
 この活動がどうなのだろうと疑うではなく、考えるのではなく、「やりたいから来た。とりあえず来た。わからんけど来た。」ただそれだけで迎え入れてくれるところがエマオです。
 いつも通りの日々の生活のニュースがそこに生々しく生きています。まだまだ何が何なのかわかっていない私ですが、これからも応援しています。
「がんばっぺ 石巻!」の掛け声がいつまでも続くと信じています。 (K.O.)

助け合い

以下の文章は、9月24日に一日のみワークに参加して下さった方の、ボランティアに参加してみての感想です。
こうして、一日だけであっても、機会を作って参加して頂けることに、心から感謝します。

 テレビなどを通して知っているつもりでしたが、実際に来て、自分の目で見て、改めて震災に遭われた方々の心のいたみを知ることができたように思います。
 又、たくさんの方々が本当に親身になっておそうじをしている姿にとても大切なことを教えていただきました。
たすけあう、ということを学ばせていただきました。
私にできることは少ないのですが、私のまわりにいる人々に、みなさんのたすけあう姿、だれかのためにがんばっている姿を伝えていき、これからの働きにつなげていければと思います。
(U.M)

栄光バザーを手伝いました。

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秋晴れの10月1日、石巻栄光教会でバザーがあり、お手伝いをしてきました。
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この栄光バザーは、幼稚園の園児たちや卒園生、保護者のかたがた、教会のかた、地域のかたがたが参加するバザーです。
大盛況でした。
私たちエマオは、3人で教会が中心でやっている焼きそばを焼いていました。
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焼きそば以外には、焼き鳥やかき氷やフランクフルトの屋台や日用品や手作り作品などが売っていました。
こんな感じで石巻の日常は過ぎていっています。
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台風一過

 東北地方を通過した台風15号、風はそれほどでもありませんでしたが豪雨をもたらしました。
いつもワークに通っている、仙台市若林区にもその豪雨の影響がありました。
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雨の日は、室内の作業があるお宅だけには、車で向かいワークをしました。
そのほかのワーカーさんたちには、いつもできないエマオ館内の掃除や、宿泊させて頂いている教会の清掃などをお願いしました。
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 このように、津波により浸水しがれきが堆積し、行政による撤去作業が進められている田畑がまた、雨水に浸かり、集められたがれきが散らばるということがありました。
中には植えていた野菜などがダメになってしまった畑もありました。
 それでも、雨にも負けず、風にも負けず、たくましく野菜が育っている畑もあります。
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 この野菜も、支援センターのワーカーさんが、種まきのお手伝いをさせて頂いたということもあり、お宅の方から、『手伝ってくれた人によろしく。』という嬉しい言葉を頂きました。
 畑ももちろん、その集落全体の雰囲気が明るくなったように感じられます
半年が経って、いざお家の片づけを始めよう、という気持ちを持たれた方も少なくないのでしょう。
それを裏返して言えば、半年経っても、まだまだ救いの手は必要だということです。
10月に入りますと、ワーカー数が少なくなってしまいます。
出来る人が、出来る時に、出来る事をするのが一番なのは言うまでもないですが、少しでも時間に余裕のある方は、私たちの働きの一つの手となって頂けると助かることと思います。
ボランティアの応募、よろしくお願いします。
申し込みはこちらから。
支援センタースタッフ
堀田暢

9月6日~9月8日の石巻ワーク

9月6日~8日まで、石巻のAさんのお宅にお世話になりました。作業内容は納屋の解体作業が主でした。以前のワークは床下の泥あげやがれきを運び出す作業と「直す」作業でしたが、今回は「壊す」作業だということを一緒に納屋を解体している時のAさんの表情を見て痛感するとともに改めて津波の恐怖を感じました。
天井や壁の板をはずし、内装の骨組みをはずしました。来た当初は天井や壁に断熱材が敷き詰められていて陽の光が入らず暗くジメジメしていましたがワーク後には天井や壁から陽が入るようになり納屋全体が明るくなりました。暗かったAさんの表情も明るくなったのを覚えています。
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納屋の解体が終わり10日に帰る私たちのためにAさんがバーベキューに招待してくれました。
バーベキューには地元の方々も来られていて、被災当時の話も伺いました。思い出したくはないはずなのに「今となっては笑い話にできるけど」とはおっしゃって笑顔で話してくれました。直感的にイメージが頭に入ってきて、切ない気持ちとやりきれない気持ちがこみ上げてきました。
地元の方々も普段の生活を忘れ楽しく素晴らしい時間を一緒に過ごせたと思います。石巻は昼間には気にならないが夜になるとまだ一面真っ暗で静けさがあります。しかしその空間だけ暖かい明かりに包まれているかのように感じました。
Aさんには海苔の生産者で、津波で海苔を生産する機会が全て使えなくなってしまいましたが、カキの養殖に取り組んでいると明るく話してくれました。そんなAさんや私が石巻で出会った方々の明るさと前向きさで元気で明るい石巻に戻ってほしいと強く願います。(Y.E)

台風15号が通過して

 非常に激しい被害をもたらした、台風15号。
 みなさんの地域ではどうだったのでしょうか。
 この石巻も、例外ではなく、非常に激しい猛威をふりまきながら、去っていきました。
 昨日、今日と、ワーク地のひとつ、渡波・祝田に行くための橋がすべて通行止めになりました。
 そんな、昨日今日の石巻の様子を写真とともにお伝えしたいと思います。
 石巻ベース付近、「避難勧告」の防災無線。 そのときエマオ石巻では……
 昨夜、宿泊組のワーカーさんたちとともに食事の準備をしていると、突然、防災無線が鳴り響きました。
 窓の外は、猛烈な雨。
 
 なんだろう?
 ワーカーさんたちとともに、外に出てみます。
 猛烈な雨によって、視界が遮られ、すぐに服がずぶ濡れになってしまいます。
「石巻・釜地区周辺に避難勧告を発令します。釜地区のみなさん、避難所に避難してください。避難場所は……」
 何度も何度も避難勧告が流れました。
 釜地区。
 それは、石巻ベースがある地域です。
 避難勧告。
 こんな防災無線を聞いたのは初めてでした。
 たぶん、「3・11」のあのときも、流れたであろう防災無線。
 
 ここは大丈夫なのだろうか。
 ここの玄関は、まだちゃんとありません。
 扉が2枚挟まっているだけのつくりです。
 スタッフ、ワーカーさんたちの間で、今回どうしたらいいのか、動揺が走りました。
 
「少し大街道まで見てくる」
 と、スタッフの一人は、車で大通りまで出ていきましたが、すぐに引き返してきました。
「あかん。大通りに出る道が、冠水しとる」
 ここの土地の地盤のことは、あまりにもよくわかっていない私たちです。
 どうしようか検討した結果、石巻栄光教会の牧師先生に電話しました。
 そんなこんながあったあと、石巻栄光教会に避難することにしました。
 石巻栄光教会までは車で10分もかからない距離です。
 しかし、道路が冠水しているため、迂回し、20分はかかりました。
 冠水しているため、道路がみえません。
 そんな中、必死で車を走らせていました。
 途中のコンビニの駐車場が海のような状態になっていました。
 

$「東北教区被災者支援センター」の公式ブログ
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         強風にあおられて、海の波のようにうねっていました。
 石巻栄光教会で一夜を過ごして
 栄光教会の牧師先生夫妻は暖かく迎えていただき、とりあえず身の回りのものと、貴重品だけしか持ってきていない私たちに毛布や寝袋を提供していただきました。
 そして、東日本大震災の津波の映像を見せていただき、震災前と後の話をお聞きしました。
 
 その晩、風が強く吹く嵐の晩、みんなで寄り合って寝ました。 
 その頃、近くのコンビニでは、営業中止していたそうです。
 
 
  一夜が去って、そのあとで
 そして、嵐の晩がすぎ、朝がきました。
 こんなに朝が来るのを待ち望んだ夜はありませんでした。
 おそらく、「3・11」のあの日の夜はもっと比較にならないほど寒く、そして電気もなく、凍えていただろうことを思えば、そんな「大したことのない夜」だったのかもしれません。
 しかし、私たちは「3・11」を経験したことはなく、この石巻に泊まっているワーカーさんやスタッフにとっては、「追体験」したような夜だったように思います。
 私たちがワークをさせていただいている場所の一つ、渡波・祝田へ通じる道が通行止めになっているらしいと、聞いた私たちは、付近まで少し行ってみることにしました。
 
 渡波・祝田に行くためのルートのひとつ、日和大橋はいつも、ワーカーさんたちを乗せて走っているルートです。
 
 

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          缶詰工場の看板が倒れているこの先は通行止めになっていました。(現在は解除されている)
 

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                 川が増水していました。

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                 旧石巻ハリストス正教会礼拝堂
 今回、私たちが体験したことは、「ほんのささいなこと」かもしれません。
 こんなことで避難するなんて、とも思いました。
 「怖い」「どうしたらいいんだろう」という思いを抱えながら、教会に避難しました。
 朝を迎えることがこんなにありがたいものだとは思いませんでした。
 冠水した暗い道路をこえて、教会のあかりがみえたとき、「ああ、これでみんな助かった」と思いました。
 これだけ、教会のあかりが「有難い」と思ったことはありません。
 それは、本当に「あの日」の何十分の一かの体験だと思います。
 そして、それは「あの日」を追体験したことにすらならないと思います。
 でも、昨日、避難したことで、その何十分の一か、でも追体験できたことは、この石巻ベースにとって、 
「今後もずっとここでよりそい続けたい」
 という、ひとつの光が見えた気がします。
 

「東北教区被災者支援センター」の公式ブログ
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                    石巻のメインストリート 
 
 この石巻はよく冠水する地域です。
 地震によって地盤沈下したところが多くあり、冠水するような場所です。
 今回の台風で地震後補強した場所にも冠水していました。
   
 
 この地で、ワーク先の方々や地域の方とともに、「エマオ石巻」としてかかわりつづけ、生きるという営みをつづけていきたいと思っています。
 
(エマオ石巻 スタッフ  あさみゆりえ)