雨の日は

梅雨の季節になり、ボランティアに来ても、雨のためにボランティアに行けないという日があります。
でも、そんなときだからこそ普段できないことができたりします。
それは、『掃除』
ボランティアの拠点「エマオ」は、少しずつ泥で汚れていきます。掃除機で掃除をしても吸い込めない汚れがあります。それは雑巾やモップを使わないといけません。
でも、普段はみんな外にワークに行っているので、中の掃除はできません。
雨だからこそ掃除ができます。
使用しているエマオ、宿泊している教会。いつも使っている場所をきれいにします。
外も中もきれいに。雨の日もきれいにできることはたくさんあります。
被災者支援センタースタッフ
 桑

エマオ撮影会

エマオに訪れる多くのボランティアワーカーはいずれ去る人達…
たとえ短い期間だったとしてもここでのひとつひとつの出会いは
かけがえのないものです。
その証拠に毎回ミーティング後には去る人を惜しんでの
撮影会が自然発生します!
受付の時には頼りなさそうな顔を浮かべていた人も、
不安でいっぱいの顔を浮かべていた人も、
緊張しすぎて強張った顔を浮かべていた人も、
最後にはみなさん本当に良い笑顔を見せてくれます。
このことが支援センターの、そしてワーカー達の
活動源になってると言っても過言ではないでしょう。
みなさんお疲れさまでした!
「東北教区被災者支援センター」の公式ブログ-老若男女問わず仲良し!
支援センタースタッフ
川上侑

「色気」

 6月下旬3回目のエマオ滞在で、私は初めて確かな復興への希望を感じる出来事がありました。Sさんというお宅を担当した時のことです。
 エマオの活動では何よりも、お宅の方とのコミュニケーションを大事にしています。Sさんはものすごくお話が面白い方で、私たちも時間を忘れて毎日2時間くらいおしゃべりに興じます。作業途中の11時と14時にはちょっとした小休止の時間を持ちますが、Sさんとのおしゃべりはそれだけでは飽き足らず、お昼の時間も目一杯使って…その臨場感たっぷりの怪しげな武勇伝を、この土地の思い出を、そして毎日繰り返しお話される津波の来た瞬間を…私たちは注意深くじっと耳を傾けながら、Sさんとの親交をゆっくりと深めていきました。
 日を追うごとにワーカーたちは入れ替わり立ち代わり、それぞれ様々なかたちで適材適所に用いられ、お宅は見違えるようにきれいになってきました。
 そんなある日の朝のこと、私たちとSさんとの間に遮る壁が少しだけ氷解したように感じました。Sさんはもの凄い勢いで「色気」全開になったのです。
 …といっても「生きる」方の色気(欲望?)…。
 
 猛烈な勢いで家の周辺に流れ着いた材木を物色し、高そうな角材を集め始めたSさん。(勿論、運ぶのは私たち)…これで車庫を作る、テーブル作る、…あそこからあの木材とってこい!と矢継ぎ早に作業方向は急展開!この日からSさん宅の作業はまさかのどんでん返しで「ちょっと色気でちゃってよー。」のフレーズが連発します。もちろん2時間の弾丸トークがなくなる筈もありません。猛烈な勢いの作業と、弾丸トークとのコンビネーションは圧巻。
 そして、土足で「なんとなく」きれいだったらいいと言っていたキッチンは、やっぱり裸足で歩けるように「ピカピカ」にして家具も入れたい!冷蔵庫もここに置いて動かしたい!私たちもうれしい悲鳴を上げながら、精一杯Sさんのリクエストに応えます。
 極めつけは「危ないですよ!」と慌てて止めても聞かずに、一度は捨てた家具を、ばりばりと轟音を立てて家の前に迫りくる重機とあろうことか…、競うように発掘し始めたSさん…
 「みんなが綺麗にしてくれたら、欲が出てきた!」とのこと…。本当に信じられない!私たちは「こころ」の恢復のひとひらに触れることが赦され、立ち会えたというのだろうか…?何度も七郷ワークに出ていて、これほど嬉しいことはなかった。
 時間をかけ、心を込めて共に手伝わせていただく。効率性よりも、じっくりと「寄り添う」支援。エマオの想いが確かに伝わっていると感じられた一コマでした。
 余談ですが、私たちのメンバーが東京に帰る日には「俺は東京には興味がない!」と駄々をこねるSさん。「じゃあ、Sさん今一番行きたい所は何処ですか?」と聞いた所「そりゃあ、ハーレムだな…」と…違うほうの色気も全開!?そしていつもの弾丸トークは怪しげな方向に…。…。
 私はSさんの数日前には見られなかったすっかりリラックしている笑顔を忘れられません。2回3回もエマオにくることを昨今「エマオ病」というらしいけれど、どうやら私も重症患者のよう。この七郷の方々の心に微力ながらも寄り添うことができた喜びを胸に、また懲りずに時期をみて訪れようと思っています。
ボランティア 前北 未央(藤沢教会)

他のワーク地の活動経過

現在、支援センターの主な活動拠点は若林区の荒浜地区ですが、最近はその他に石巻市・多賀城市・宮城野区福田町へボランティアを派遣しています。
多賀城のお宅は教会の繋がりを通してご依頼がありました。4月中旬から週に一回程度、お宅の方が仕事の休みの日にワークに入らせていただいてます。
当初、一階は本当に悲惨な状態でした。しかしお宅の方が早い段階から自宅に帰ることを決断していたので、我々もその気持ちに寄り添いたい一心でした。家具を搬出し、床上の泥だしをして、床板を剥がし床下の泥だし、石灰まき、家具の清掃…。週一回ということで本当に少しずつの作業でしたが、だからこそお宅の方と共に話し合いながら丁寧に真剣に行うことができています。
現在では屋内の作業はほぼ終了し、庭の作業に入っています。見違えるようになった家の様子を見て、お宅の方は「エマオさんに来ていただいて本当に助かった。本当にありがとう。」と言ってくださります。しかし、私たちを信頼してくださり受け入れてくださったこと、他人に触られるのを躊躇してしまいそうな大事な家の中の作業を最初から最後まで任せてくださったこと、とても有難いことだと思っています。少しでもお宅の方と同じ気持ちを共有できていることが私たちの励みになっています。
これからも私たちができる最後の最後まで関わらせて頂きたいと思います。
現在この地域ではまだまだ避難所生活をされてる方が少なくなく、津波後から手付かずの状態のままの家も多いそうです。また、多賀城は津波の中に油が混ざっており泥の臭いも強烈です。暑くなる前に早急な泥出しが必要だと感じました。この繋がりを通して、多賀城市でも私たちができることを広げていければいいなと思っています。
また先日はいつもお世話になっている荒浜地区の方の繋がりで、宮城野区福田町のお宅に2日間ボランティアに伺いました。主な作業は、家を取り壊すため木材や家財を搬出する作業でした。
荒浜地区では家に戻るための作業をすることが多いですが、家を取り壊すお手伝いをするのはとても複雑な気持ちになります。そのような方たちの為にも一刻も早い救済が必要であると感じます。
私たち支援センターの活動は本当に人と人との繋がりから生まれています。震災直後は繋がりの大切さを沢山の人が実感しました。時間が経ってもその繋がりを切ることなく、一層強めて繋がっていたいなと思います。
支援センター スタッフ
上野幸奈

終わりなき関係

 近頃は、これまでに屋内のお片付け、清掃などをお手伝いさせていただいたご家庭の、畑やビニールハウスの作業を中心に行っております。畑に堆積した、瓦礫を含む泥や浜砂を除去したり、津波により変形してしまったビニールハウスを解体したり、等々。
お宅の方と、お話をしながら、『やるときはやる、休むときは休む』、これも、私たち、支援センター、の理念でもあるかと思います。これも、ボランティア同士がある一定期間を共同に生活し、会話し、協力し合うからこそできることであり、ここに当支援センターの良いところがあるのではないでしょうか。
おかげで、私自身含め、エマオを訪れた者は、いいものをたくさん得、それぞれの場所に帰り、それぞれの場所でそれぞれの生活に役立てることができていることでしょう。
 さて、当センターとしての今後の活動はどのように推移していくのでしょう。
津波に遭い、お住まいを別な所に移される方も少なくありません。故郷に戻りたくとも、戻れずにいる方も少なくありません。そういった方々が、再び故郷に戻りたいと思える、戻ることができるような環境を作っていくのも、私たちのできることかもしれません。
一方で、現に、あの日以前の場所で、あの日以前の生活を営もうとしておられる方にとってのよりよい環境を整えるお手伝いをするのも、然り…。
 前者を今後の方針とすると、これまで作業に入っていないお宅の作業をさせていただくことになるでしょう。これは、そのお宅を綺麗にした後に、取り壊しが決まってしまうという場合も考えられます。実際に、以前にもそういった経緯もありました。
 後者の場合は、これまでのような力仕事一点張りのボランティア活動から、また違った形の活動に変わるでしょう。それが具体的にどのようなものになるのかは、まだまだ考えていかなければいけない懸案であります。センターのスタッフ、ボランティアワーカーが一丸となって、考え、それを共有しながら、お互いの考えや思いを深めていきたいと思います。これも大事な、『シェアリング』です。
 この仙台の若林区の、この集落、そしてそこにお住いの方々との関係を途絶えさせたくありません。たとえ、街並みが綺麗になったとても、親密な関係を保っていければと思います。
支援センター スタッフ
堀田暢

干物配達

今まで本当に多くの方がこの活動に加わってくださいました。
皆さん様々な想いを持って仙台にやって来ますが、
ワーカーさん達の中には活動を通して、そして
活動後各々の地へ帰ってから、
さらにその想いが強くなる方もいるようです。
京都からはるばる参加したとあるワーカーさん。
一度京都に帰った後、もう一度来仙するほどの
彼の想いは二度の活動を経て更に強まったようで
「ワーク先のお宅の方々に渡してほしい」と
京都から魚の干物がエマオに届きました!
早速本日数件のお宅を回ってきました。
どのお宅の方もとても喜んでいて
素敵な笑顔を見ることができました。
彼のことをよく知っている方などは
活動時の思い出話をしてくださったり…。
我々ひとりひとりが微小ながらも
確実に被災地へ良い影響を
与えているんだなと
改めて感じました。
大柄な体型から「トトロ」など
皮肉まじりな愛称を付けられていたMさん。
ありがとうございました!
東北教区被災者支援センター
スタッフ 川上 侑

これまでとこれから

 11日土曜日で三ヶ月という一つの節目を迎えました。
この期間で、当センターの活動内容もすこしずつ変わりつつあります。まず、地震や津波によって被害を受けたお家にお戻りになるという強い意志をお持ちのご家庭における最低限の作業は、一通り完了したとのことです。最低限というのも、私たち支援センターとしては、できるだけ多くのご家庭があの日、あの時以前の元の生活を少しでも取り戻すことのできることを願って活動をさせていただいています。現状、この一週間中に、畑やビニールハウス内の泥出し作業中心に、段階が移ったかのように思います。
また、私たちが主に活動させていただいている地区の状況も着実に変わりつつあります。震災直後は、文字通りの“道なき道”を自転車で通った道も、路面バスが復旧し、信号機が復旧し、警察による検問も終了し、自動販売機も設置され、等々。だからとて、地震、津波に遭われた方々の心が癒されたかと問われると、自信を持って肯定することはできません。しかし、地元の方々の中には、前を向いて、立ち上がろうとされている方もおられます。仕事の合間を縫って、ボランティアワーカーとともに作業されたり、『やってみないとわからない』と言って、泥を取り除いた畑に野菜を植えておられたり、等々。
 今後の方針としては、住める環境から、より住みやすい環境作りのお手伝いをさせていただければと考えています。そこで気を付けなければいけないのが、『スローワーク』の精神です。あれほどの大きな地震、津波に遭ったわけだから、立ち上がるには時間も、それ以上に、勇気が必要となるでしょう。私たちは、そんな困難から立ち上がる決心をされた方、また、決心するためにはもう少しの時間を要する方々に、寄り添って、焦ること急かすことなく、できるだけの力を注げられればと思います。
 ここで、私たちボランティアワーカーがどのような日々を送っているのかを少しご紹介させていただきたいと思います。
まず、ワークに出る月曜日から土曜日は、エマオの開館時間である07:3008:00までの間で、シリアルなどの簡易的な朝食を摂ります。各々、コンビニやスーパーにて調達したものを食べることも可能です。この朝食の時間はそれぞれの眠気もあるせいか、一日の中で最も静かなひと時であると言えます。
08:30からミーティングを開き、09:00までにはワーク先へ向けて出発します。
ワーク先での活動については日毎に変わるので割愛させてただきます。
ワーク先からエマオに戻るのは16:0016:30の間です。16:30より始まるミーティングまでの間は、いつも夕食を作っていただいている方々とお話したり、ワーカー同士で盛り上がったりしています。ミーティングのあと、シェアリングという時間があり、それが終わり次第、夕食を頂くことになります。夕食中はとてもにぎやかで、食べ終えるのに1時間半ほどかかったワーカーさんもいます。20:00には、エマオ館内は消灯され、各々、街へ繰り出したり、部屋でのんびり体を休めたり、銭湯に浸かり一日、いや数日分の、汚れを洗い流したり。日付が変わるころには大体のワーカーさんは寝袋に入っています。
また、ワークが休みの日曜日は、それぞれ思い思いの一日を過ごします。社会福祉協議会を通じて各地のボランティア活動に参加したり、教会に出向き礼拝に出席したり、少し足を延ばして松島などに観光に行ったり、等々。中には、温泉へ行く方、献血へ行く方、図書館へ行く方もおられます。
$「東北教区被災者支援センター」の公式ブログ-休日の過ごし方~其の壱~
 地震、津波に遭った方々、また、彼らに寄り添おうとする私たちも、時には立ち止まり、一呼吸置いてから、再び新しい一歩を踏み出せられればいいのではないでしょうか。
 初めてのブログ更新で不慣れなところもあり、読みづらいかと思いますがご了承ください。
東北教区被災者支援センター
スタッフ 堀田暢