「エマオ石巻」拠点に家具がはいりました!

はじめまして。
今回、月曜からスタッフになったあさみです。
「エマオ石巻」で、主に事務などなどの内勤をします。
今後ともよろしくお願いいたします!
今日は、新しい石巻の拠点「エマオ石巻」に事務机、書棚、食器棚などを設置しました。
じょじょに、石巻拠点は生活スペースに変貌を遂げつつあります。
いまの「エマオ石巻」はこんな感じになっています。
$「東北教区被災者支援センター」の公式ブログ-20110831 石巻1階
(1階和室)
事務机やダイニング用テーブル、食器棚などが入り、しだいに拠点らしくなってきています。
「東北教区被災者支援センター」の公式ブログ-20110831 石巻1階ダイニング
「東北教区被災者支援センター」の公式ブログ-20110831 石巻1階机
(一階ダイニングおよび、事務スペース)
「エマオ石巻」は、1階に和室が2室とダイニング、キッチン、風呂トイレなどの生活スペースがあり、2階には和室が1室と洋室が2室の居住空間になっています。
この拠点は、1階が津波がかぶった地域です。
$「東北教区被災者支援センター」の公式ブログ-20110831 石巻 掃除
掃除を行いました。
いま、1階の改装を行っています。
どういう拠点になるのか、今からわくわくしています。
また、石巻にはこんな店もあります。
$「東北教区被災者支援センター」の公式ブログ-0831 石巻
「プロショップまるか」は、石巻中央1丁目の交差点にあるお店です。そこに近所の知り合いのお店のテナントを入れて、5月に開店したお店です。
すき焼きや、中華料理屋、うなぎ屋、割烹などもその場で食べられます。
「東北教区被災者支援センター」の公式ブログ
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8月20日に石巻栄光幼稚園・教会で復興支援祭りが行われたときに入られた、「軽トラしょーじ」さんが「エマオ石巻」の宣伝を行っていただいていました。
(検索サイトで「軽トラしょーじ」で検索してください。)
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一緒に写真を撮らせていただきました。
「エマオ石巻」はこれから本格的に始動します。
今後ともよろしくお願いします!
                 (支援センター「エマオ石巻」スタッフ あさみゆりえ)

8月30日 仙台市若林区ワーク

 今日は6班に分かれて作業しました。
 ある班は農家の方から直接のご依頼があって、農作業のお手伝いを、ある班は畑に生い茂る草を刈払機で刈るという作業をしました。
この畑は、この半年弱、全く手の付けられないままになっていました。
というのも、農家の方はいくつかの畑をお持ちで、全部には手が回らないという背景があります。
他の畑の作業が少しずつ落ち着いてきたこともあり、また、あたらしくダイコンを植えたいということで、新たな畑の作業を始めることになりました。
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このように畑の真ん中に海岸っぷちから流されてきた松の木が横たわっています。
そして、草が背丈以上に伸びています。
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松の木が根こそぎ、海岸から約2kmの地点まで流されたのです。
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一日でここまで刈ることができました。
 そしてまた別の班は、側溝の泥出し作業をしました。
側溝は、震災前までは、町内会で定期的に掃除をしていたということなのですが、現在では、そこまで手が回らないという状況があるようです。
しかも、普段とは違い、津波によりさまざまな物が流れ込んだわけで、より大変な作業となっています。
側溝に溜まったがれきが混ざった泥を取り出して土嚢袋に入れて、道路脇に積んでおくという力仕事です。
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みんな泥だらけになりながら。
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バケツに土嚢袋をセットすると、うまく納めやすかったりします。
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道路わきに土嚢袋を積んでおき、業者に回収してもらいます。
 
 この日の仙台市若林区ワークの一部です。
こうして見てみると、一見、この震災、この津波とは関係のない作業があるように思われるかもしれません。
そんな疑問を抱えながら作業を行っているワーカーさんもいるでしょう。
でも、これらのお仕事のお手伝いをさせて頂けるということはむしろ、光栄なことだと思います。
というのも、お宅の方との信頼関係がなければこのような手伝いはさせて頂けないでしょう。
これも、今までの半年弱の間に、支援センターに関わって下さった、1,000人以上ものワーカーさんたち一人ひとりの力によるものです。
決して無駄なことなんてなく、小さなことでも、大きなものへの大切な一歩であるということを感じます。
支援センタースタッフ
堀田暢

明学東村山有志ボランティア・チーム第4陣の活動報告

 8月3日から6日にかけて、明治学院東村山高校有志ボランティア・チーム第4陣が宮城県内で活動しました。第4陣は引率者1名を除き全て女性というチームです。宮城野愛泉教会に宿泊し、仙台平和七夕のボランティアとエマオの七郷ワークに参加させていただきました。第4陣のプログラムは以下の通りです。
8月3日 東京から仙台へ。仙台YMCAで平和七夕ボランティア。宮城野愛泉教会の祈祷会に出席。
8月4日 荒浜地区を視察後、被災者支援センターの七郷(若林区)ボランティアに参加。
8月5日 石巻と女川を視察。仙台YMCAで平和七夕ボランティア。
8月6日 仙台平和七夕の飾りつけとレイ(首飾り)配り。七ヶ浜で閉会礼拝後、帰京。
 平和七夕は、8月6日(ヒロシマに原爆が落された日)から始まる仙台七夕祭に、折り鶴の吹流しを飾り、「ノーモアヒロシマ・ノーモアナガサキ」を訴えるというプロジェクトです。仙台北教会会員の油谷重雄さんが中心となり、36年間続けてこられた活動です。毎年、全国から100万羽以上の折り鶴が届きます(明学東村山からも6千羽以上の折り鶴を送りました)。そのうち18万羽を吹き流しに使い、残りはレイ(首飾り)にして配ります。今回は尚絅学院の生徒さんや常盤木学園の生徒さんと一緒に、レイ作りとレイ配りに参加させていただきました。

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 七郷ボランティアでは、畑の草刈りや障子のニス塗り、畳拭き、家財道具の整理、側溝のドロ出しなどをさせていただきました。
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 生徒の感想をいくつか紹介します。
「今日のボランティア・ワークは草むしりやヘドロを取り除く作業をするチームの一員として参加させていただきました。実際作業をしてみて、自分一人の作業ではお役に立てているのかもわからないほどしかできないけど、同じチームの方々と協力してやることによって少しはボランティアをさせていただいたお宅の役に立てれるとわかりました。また、今回ボランティアをさせていただいた佐藤さんは、今日急に東京から来た高校生のボランティアにも優しく温かく接して下さり、とても親切にしてくれました。そのことが本当に嬉しく、もっと作業を頑張ろうと、自分ができることを懸命にしました。同じチームの方々にもとても親切にしていただきました。作業の流れやコツをわかりやすく教えてくれたので、これを今回だけのこととせず、今後に活かしていくのが大切だと思いました。今日一日を通して、個の無力さ、団結することの大切さ、そして人の優しさに気付くことができました。」(高3・佐藤)
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「今日のボランティアはゴミやガラスが混じって使えない畑をきれいにするという活動でした。活動前と後で『きれいになったなぁー』と見た目ではよくわからない位、小さくて地味な作業でした。でも畑の持ち主の方から受けた感謝は、比べ物にならない位大きかったです。『来年はたまねぎを植えたいんだ』とか『ここには○○があって、芽があるからまた育つかも知れないねー』とか。使えなくなった畑を再生することは、持ち主の方の夢や希望の再生なのでした。どんなに地道で辛くても、被災者の方々の未来へのお手伝いをさせて頂けるなら。いくらでも頑張れます。私たちの小さな力が大きな希望へとつながる、ボランティアの真意を少しだけ理解できた気がします。」(高3・板場)
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「ボランティアを通して、ボランティアは相手がいて、そして協力し合う仲間が必要であること、そして、その出会った仲間とできる繋がりや絆が大切であることがわかった。仙台七夕祭で、日本そして政界の一人でも多くの人が、平和七夕のことを知り、核や平和についてもっと深く学び、考えてくれることを強く願う。」(高2・菅崎)
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 7月から8月にかけて、3度のボランティア・チームを被災地へ派遣することが出来ました。微力な私たちを受け入れてくださった皆様に感謝して報告いたします。
佐藤飛文(さとうたかふみ・明学東村山有志ボランティア・チーム

あの一歩、この一歩

 被災地も夏真っ只中です。
私たちが活動をさせて頂いている地域は、農家の方がたくさんお住まいになっています。
もちろんそれらの方々の田畑も、津波による被害を受けました。
波が押し寄せ、作物と土がもろとも流され、あるいはおびただしい量のがれきやヘドロが積もり、ビニールハウスはぐにゃぐにゃになり…。
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 上の写真は、仙台市によるがれきの撤去作業が完了して作物が栽培されている畑と、撤去作業が完了して間もない畑の対照的な風景です。
 そういった田畑のお片付けのお手伝いもさせて頂いています。
比較的早期の段階で活動をさせて頂いた畑では、野菜が採れたという嬉しい報せもありました。
そういった野菜や、それらを用いたお漬物などを、しばしば頂くことがあります。
多くを失われた方々から、一生懸命育てた野菜を頂くのは、いささか申し訳なく思うこともあるのですが、ワーク先の方々の、感謝の気持ちとしてありがたく頂く、というのも、立場や境遇を越えた、人と人とのつながりの中で重要で、とても素敵なことではないかと思います。
今回は、それらのうちの一部を紹介したいと思います。
昨日は、ナス、しそ、ニンジン、ダイコンをたくさん頂きました。
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 これらの出来事は、被災された方々のお一人おひとりが、それぞれの歩幅で一歩ずつ、元の穏やかな生活を取り戻しつつあるということを、私たちに教えてくれているのでしょう。
支援センタースタッフ
堀田暢

新兵器

この度支援センターに新兵器が導入されました。
エンジン式草刈機です!
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最近は草刈り作業が増えてきてるので
大きな助けとなることでしょう。
知識無しに使用するのは危険ですが、
仕様経験のある方のレクチャーを受け
十分に注意さえすれば!
女性でも!
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未成年でも!
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割と簡単に使用できます。
日々気温も上がってきているので
炎天下の下での草刈りも
大分楽になるでしょう!
支援センタースタッフ
川上 侑

続・チャッピーのいる家で

 4月下旬から5月上旬にかけて、エマオの石巻チームは石巻市湊町の鈴木さんのお宅でワークをさせていただきました。(その記事はこちら)
 その鈴木さんから、8月1日の石巻旧北上川川開き花火大会に誘われたので、約3か月ぶりに鈴木さん宅を訪問しました。
 この地区はいまだに電気・ガス・水道が復旧しておらず、地盤沈下により冠水している所も多く見られました。鈴木さんもいつか自宅に戻れる日を夢見ながら、今は仮設住宅で暮らしています。
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(石巻市湊町、満潮になると冠水がはじまります)
 鈴木さんと再会できたことはもちろん嬉しかったのですが、鈴木さんのお孫さんたち、そして愛犬チャッピーとも再会できたことも喜びでした。みんなで再会を喜び、庭にブルーシートをしいて、花火大会がはじまるまで、チャッピーや子どもたちと遊んですごしました。
 子どもたちと鈴木さんの家の1階でアスレチックをして遊んでいると(1階は畳出しをして基礎だけになっています)、鈴木さんのお孫さんの一人がこんな話しをしてくれました。
「じいじの家にも津波が来たけど、私の家にも来たんですよ。おもちゃとか、みんな1階に置いていたから、みんな流されちゃった。私は『たまごっち』を持って逃げたんですけど、妹の『たまごっち』は流されちゃって、ずっと泣いてたんですよ。この前、新しいのを買ってもらったからいいんですけどねー」さっきまで笑顔で遊んでいた彼女の表情が、この時は凍っているように見えました。
 そんな傷ついた人々を励ますために、今年も花火大会が開かれました。子どもたちも大人たちも大興奮の花火大会でした。

 「来年もまた、ここで花火を見ようね」そう鈴木さんと、お孫さんたちと約束をして別れました。
 チャッピーのいるこの家で、またお会いしましょう!
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佐藤飛文(さとうたかふみ、明学東村山有志ボランティア・チーム)

明学東村山有志ボランティア・チーム第3陣の活動報告

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7月23日から登米市を拠点として石巻と気仙沼で活動した第2陣は27日に東京へ帰りました。それと入れ替わりに第3陣が宮城県入りし、27日から30日まで涌谷を拠点として石巻で活動をしました。第3陣のプログラムは以下の通りです。
27日 東京から仙台へ。被災者支援センターエマオで第2陣と合同礼拝。仙台市若林区荒浜を視察後、涌谷へ。
28日 石巻山城町教会を訪問。日和山とその周辺を視察後、石巻市渡波町祝田でのエマオワークに合流。畑の砂出しと草むしり、被災家庭の掃除などをおこなう。帰りに第2陣で「流し温麺」の炊き出しをさせていただいた広渕小学校避難所を訪問。
29日 木の屋石巻水産の缶詰工場で、缶詰の洗浄と、食用不要となった缶詰の分別廃棄作業をおこなう。帰りに涌谷教会を訪問。
30日 東松島市奥松島の月浜海岸で閉会礼拝後、東京へ。
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生徒の感想をいくつか紹介します。
「28日の渡波でのボランティア・ワークを通じて、人との出会いはすばらしいものだと感じた。私はおばあちゃんのお家で泥拭きや、潮水でベタついた壁などを拭いたりした。そのような小さな作業でも、おばあちゃんが少しずつ笑顔になっていく姿を見て、私は本当にボランティアをすることができてよかったなあ、と思った。ほんの単純な小さな作業でも、誰かが、少しずつ笑顔になっていく姿というのは、とてもやりがいを感じた。今日初めて石巻の被害の大きさを自分の目で見ることができた。言葉が出ないほど、つらい光景だったが、これから私たちに何が出来るか考えさせられるきっかけにもなった。」(高1・小松原)
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「29日は缶詰工場でボランティア・ワークをさせていただき、そこでボランティアの大変さを痛感した。この日のワークは、津波で流されたけれどもまだ食べることができる缶詰をきれいにする作業や、もう食べることの出来ない缶詰の処分の分別作業だった。正直、臭いやハエの多さに衝撃を受けた。しかし、これでも少し前はもっと臭いがきつくて、ハエもさらに多かったと聞き、その光景を想像するだけで、津波によってどれだけ被害を受けたかが脳裏に浮かんで少し怖かった。今日も作業としては微力にしかなれなかったけもしれないけれど、それは決して無力ではなかったと思っている。」(高3・神山)
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 実際にボランティアをさせていただいたのは2日間だけでしたが、とても充実したプログラムでした。感謝して報告いたします。
発信:佐藤飛文(さとうたかふみ)
*詳しい活動報告や参加生徒の感想は、「明学東村山有志ボランティア・チームのブログ」をご覧下さい。