チャッピーのいる家で (石巻 4月29日)

「思い出がつまったこの家に」
4月29日、石巻市湊町にある鈴木さんの家で、庭のドロ出しとがれき撤去、物資の配達などをおこないました。
旧北上川沿いにある鈴木さんの家からは、桜の花が満開の「日和山」をはじめ、河口の「日和大橋」、中瀬の「自由の女神像」、「旧石巻ハリストス正教会・教会堂」や「石ノ森萬画館」などがのぞめます。しかし、その風景は、震災前のものとは大きく変化してしまいました。
大きな津波がこの地を襲い、建物の1階はもちろん、2階まで浸水したそうです。鈴木さんは2階の畳をはがし、その畳を何度も洗って干して拭いて乾かして、畳を敷き直し、その上にゴザをしいて生活をされています。
電気・水道・ガスはまだ復旧していません。家族からは「この家に住むのはあきらめよう」と言われているそうなのですが、「住み慣れた我が家だし、思い出がつまったこの家に住み続けたいんだ」とおっしゃっていました。
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庭先のドロ出し作業
「チャッピー、ありがとう!」
鈴木さんの家ではチャッピーという犬を飼っておられます。3月11日に大地震があった後、庭先でチャッピーがワンワンとほえていたそうです。「チャッピー、どうした?」と様子を見に行くと、津波が目の前まで近づいていて、急いでチャッピーと一緒に2階まで避難して、九死に一生を得たのだそうです。「もしチャッピーが津波をしらせてくれなかったら、命がなかったかもしれないね。チャッピー、ありがとねー」と語っておられました。
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チャッピーのいる鈴木さん宅
「ドロボウさんは来たんだけど……」
この日は鈴木さんの家の近くにブルーシートを敷いて物資を並べ、被災者の方々に物資提供もおこないました。鈴木さんが近隣の方に声をかけていただいたので、被災者の方々が物資を取りに集まって来てくださいました。
ある被災者の方は、「ここにドロボウさんは何度か来たんだけど、物資を配りに来てくれたのは今日がはじめてだったわ。ありがとう」とおっしゃっていました。また別の被災者の方は、「うちは実は米屋なんだけど、コメがなかなか手に入らないんだわー」ともおっしゃっていました。
石巻市郊外の大規模スーパーやコンビニエンスストアなどは営業が再開され、ライフラインの復旧も進みつつありますが、地域によってはいまだに電気・ガス・水道が復旧しておらず、支援物資も行き届いていないことがわかりました。今後も継続した支援をしてゆこうと思います。
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物資を広げて配りました

ボランティア 佐藤飛文(さとう・たかふみ/明治学院東村山高校・教諭)
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鈴木さんと記念撮影

※ 写真や動画は被災者の方の許可をいただいて撮影しています。

合言葉は「ぼちぼち」(仙台市若林区)

(4月20日から23日までボランティア・ワークに参加されたボランティアの声です)
なんとなく潮の匂い
私は4月20日から23日まで、仙台市若林区でのボランティアに参加させていただきました。
仙台の都心部は、時々ガラスが割れていたり、ヒビが入っている建物を見かけること以外では、普通の日常が戻ってきているという印象を受けました。しかし、青葉区のセンターから電動自転車で約1時間、海のほうへ自転車を走らせると景色が一変します。
ある道路から先は一般車両は立入禁止。そこを抜けると、あたりは瓦礫の山。
家は残っています。しかし家の前は泥の瓦礫だらけ。畑か田んぼがあった場所でしょうか、そこにはまだ手をつけられていない瓦礫の山。洗濯機や冷蔵庫や車までありとあらゆるものが泥と共に流されてきたままの姿でした。
言葉を失ってしまいました。これが今現実に起こっていることなのか…。
なんとなく潮の匂いがします。
合言葉は「ぼちぼちやりましょう」
ワークではあるお宅のお庭の泥出しを行いました。泥の中からはいろんなものが出てきます。キティちゃんのぬいぐるみや伝票や写真、年賀状・・・。そこに住んでいた人たちのたくさんの大切なもの、思い出の品が一辺に流されてしまった。何ともいえない気持ちになってしまいます。
ここのボランティアの人たちの合言葉は「ぼちぼちやりましょう」。暗い顔して遮二無二やることはない。明るくおしゃべりしながら、休みながらぼちぼちやりましょう。実際作業はきつい力仕事だから必死にやっても長続きしない。また、被災者の人の心に寄り添うことが大切だから、暗い顔もよくない。みんなでのどかにおしゃべりしながら、少しずつ作業は進んでいきます。
雨の日は、別のお宅で床下に入っての泥出しをしました。生まれて初めて、床下なんかに入った!
「写真撮ってあげようか」と言われ、「そうですね。こんなとこ入るの、最初で最後かもしれませんよね(笑)」と答える。基本的にワークはみんなでほんとうになごやかに笑いながら進んでいきます。やっていることはめちゃくちゃハードなんだけど。この数日でいろんな年代の人、いろんなお仕事のひととお話できて楽しかったです!みんな、気持ちのいい人ばかりでした。
遠くからでもずっと応援したい
これからもここには日本中から大勢の人たちが来て、被災地の様子を見て汗を流して、それぞれの土地へ帰っていくのでしょう。地元でじっとしていられず「何かしたい」と思って来る人がこんなにも多いことになんだか希望を覚えました。
まだまだ現地での仕事は山のようにあるのでしょう。そして、それはいつ終わるのかわかりません。でもこうやって、ひとりひとりが少しずつ手を差し出して助け合っていけたら、きっとまた美しい町に復興していけるはず。遠くからでもずっと応援し続けていきたいと思いました。
みなさんから、元気と希望をいただけた4日間でした!

ボランティア 木村由布子(きむら・ゆうこ)

素敵な笑顔がふえるように(仙台・若林区)

(4月17日から27日までボランティア・ワークに参加されたボランティアの声です)
言葉では伝えられないこと
被災者支援センター「エマオ」さんには10日間ほどお世話になりました、「えんどぅー」こと遠藤大地です!
僕が思うこと、それは、実際に被災地に行ってみないとわからないことがたくさんある。僕は当初、実際現地に行って見たこと感じたことを、いろいろな都合の中で現地に行けない人たちに話して伝えようと考えていました。ですが、活動を一旦終えた今、それは難しいことだと痛感しました。
僕が見てきたこと感じたこと、言葉ではどうも伝えにくい。言い表せない。それほど現地の状況は衝撃的で、僕の心境は複雑でした。
津波にあった地域に自転車で入った瞬間のにおい。
テレビを見てるだけではわかりません。
泥だしをしているときのにおい。
写真ではわかりません。
現地の人の本音、表情。
会って話してみないとわかりません。
笑顔に秘められた力
僕が10日間でできたことは本当に極わずかで、それしかできない自分に無力さを感じてしまったりします。家の片付けをしているとき、家の方がすごく申し訳なさそうに話してきます。僕らはやりたくて来ているわけですから遠慮せずなんでも言ってください!と言ってもまだ申し訳なさそうに話しかけてきます。でも、僕たちが1日の作業を終えて作業前よりキレイになった家の中や庭をみると、嬉しそうに笑われるんです。
そして、本当は笑えない話のはずなのに笑って話してきます。笑顔に秘められた力を感じました。
被災者の方々の本当に心からの笑顔が見れるのはいつになるのか僕にはわかりませんが、そのときがくるまで全力で動き続けていきます。
素敵な笑顔がふえますように。

ボランティア 遠藤大地(えんどう・だいち)
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老若男女がひとつに(4月25日)

老若男女がひとつに
ほかの方々と同様に、津波によって壊滅的な被害を受けた荒浜の光景を初めて目にしたとき、がく然としました。平和な日常、人々との命や笑顔が一瞬にして奪い去られました……。
けれども同時に、ボランティアの方々の志にとても感動しました。これまで私がここ仙台で出会った誰もが、「東北の人々のために、何かしたい」と心から考えているのです。老若男女あらゆる人々が、誰ひとり欠けることなく、愛という名のもとにひとつになっている…。
私はほんのわずかな間しかここに滞在しませんでしたが、この経験をとおして、日本はこの困難な時を乗り越えることができるとますます強く感じました。もちろん、そのためには多大な時間と労力、粘り強い奮闘が必要となりますが、復興は一歩ずつ、しかし必ず進んでいくでしょう。
力を貸してください!
皆さん、苦しんでいる人々を忘れないでください。この瞬間にも、深い悲しみに直面しておられる方々です。震災が忘れられることのないよう、どうか活動を続けてください。
被災者の方々はあなたの助けを必要としています!
あなたの力を貸してください。笑顔を取り戻させてください!
もしボランティアに来るべきか迷っている方がおられたら、
迷わず、まず参加してみてください。
人々を支える強い礎が長く続くよう願っています!
ONE LOVE!

ボランティア 大河内俊介(おおこうち・しゅんすけ)

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子どもの元気に励まされた(石巻 4月23日)

津波の威力を痛感
今日は、海からわりと近いところの畑の清掃作業をお手伝いをしました。初めて行くお宅で、細い路地に入っていくので道に迷ってしまい、行くまでも大変でした。
最初に、倒れかけた小さな木を捨ててしまおうということだったのですが、根っこが深く残っていて、なかなか倒れず、かなり重労働でした。木を捨てた後は、ひたすら畑の泥をスコップで掘って、持ってきた土のう袋につめて捨てる作業でした。後からアメリカからボランティアの人が2人応援に来てくれたので、かなり効率よく作業することができました。
150ぐらい持ってきた土のう袋のうち、100ぐらいを詰めたところで今日の作業は終わったのですが、まだ泥が結構残っていて、凄まじい量だなと思いました。また、どこから流れてきたのか分からない大量のゴミや、かなり幹の太い木が流れてきていて、今回の津波の強さを痛感しました。

今回は隣接民家でのワーク。ワーク地の状況
子どもの元気に励まされた
お宅のご夫妻はとても親切で、配給のパンやお菓子などをたくさんくださったり、いろいろな話を聞かせてくださいました。また「私のところはまだ大丈夫なほうよ」と言っていたのですが、これほど被害を受けているのに、そのような気持ちになってしまうのかと思うと、とてもやりきれない思いでした。
作業が終わって帰るときに、別のチームが作業していた隣のお宅の5歳ぐらいの子どもがいて、元気にはしゃいでいるのがとてもかわいくて、ボランティアで来ている自分が逆に元気をもらうことができました。皆さんに早く元気になってもらうために、これからも頑張ろうと思います。 

ボランティア 藤島望(ふじしま・のぞむ)


子どもがいる家屋での作業風景

忘れてしまっていた何かが (仙台・若林区)

(4月13日から20日までボランティア・ワークに参加されたボランティアの声です)
ワーク初日の匂いと風景
被災地への検問がある高架下を自転車で走ってくぐったら、
一瞬、海の匂いがしたのと、そして、泥の匂い。
周りは田んぼだったところで、海もまだ見えないのに……。
―― このワーク初日の匂いと風景が忘れられません。
テレビや新聞などで見ていた被災地を自分の目で見て、自分にできることをしようと思い、今回1週間の滞在でボランティアに参加しました。
「頑張ろう」という気持ちが伝わって
はじめの数日は、お庭の泥出し。すでに固まってしまっているところもあり、ジャリもくっついていて、とても地道なワークでした。1日やっても、まだ全然残っている。最終日には、お庭から外へ、物を運びました。泥だらけの家具、もちろん電化製品はもう使えない。どれだけの時間をかけたら、全部の泥をこの被災地から取り出せるのだろう……。いろんなことを考えながらワークをしました。
自分の家でニュースを見たりして、ボランティアに行くと決めました。気持ちが凹んで重荷になったりしないかな……などとも思いましたが、一緒にワークをしたエマオの皆さん、そして、被災された方々の「頑張ろう」という気持ちが伝わってきて、とにかく前向きにワークすることができました。
「FAST ワークでなく SLOW ワーク」
今回初めてこのようなボランティアに参加したのですが、ボランティアの人間として被災地へ行くことの重要性をとても感じました。お金では、泥のかき出しや被災された方のお話に耳を傾けることはできません。
もちろん他にもたくさんあります。センターの片岡先生が、このボランティアは「ファースト・ワークではなく、スロー・ワーク」とおっしゃっていました。
周りみんなが被災者なので、被災された方がなかなかつらいことを吐き出す場所がないという被災地の現実――。被災された方、一人ひとりが持っている話を聞く。そういった面でも、私たちボランティアが大いに助けになるということを、本当に実感しました。
忘れてしまっていた何かが、そこに
雨が降って、荒浜でのワークがなかった日に、宮城野区の社会福祉協議会に行きました。そこで訪ねたお宅のお母さんは、「ボランティアさんに悪くて……」と依頼のほうをなかなかしていなかった方でした。
そこも津波で、おうちの1階は泥がたまっていました。キッチンの泥出しをしたのですが、たくさんの思い出のものなども出てきて、それを見て話をされたり、被災当日のことなどもお話を聞いたりしました。なんだか、自分の母と年代も同じようでしたので、少し、重なるところがあり、1日だけで、ワークが終わってしまったことは、とても胸がいたかったです。
ワークをした日数は、今の復興への全体の時間に対しては、とても短いものでしたが、本当に自分の人生において重要な時間になりました。人と人のつながり、普段の生活では忘れてしまっていた何かが、そこにはありました。
これからも、そのことを忘れずに、そして自分にできることを続けながら、生きていきたいと思います。ぜひ、まだいつかはわかりませんが、またワークに参加したいと思っています。
震災後、思いをこめて絵を描きました。少しでも、心が和んでいただければ……と。

ボランティア 川岸千紘(かわぎし・ちひろ)

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子どもたちに楽しい時間を(石巻 4月21日)

本日(4月21日)は、当支援センターの石巻チームの拠点をご提供くださっている、日本キリスト教団石巻栄光教会の幼稚園でのお手伝いをしました。幼稚園の先生方からも、非常に子どもたちが喜んでくれていたことをお聞きしました。子どもたちに笑顔を届けること、それも私たちができる被災地支援のひとつだと思っております。

現地スタッフ 渡辺真一(わたなべ・しんいち)

子どもたちに楽しい時間を
ボランティア・センターとなっている教会付属の栄光幼稚園は昨日20日が入園式でした。今日から、年少「こりす組」9名、年中「こじか組」21名、年長「ぱんだ組」16名の園児が、新しい幼稚園での生活を始めました。
今回の震災で怖い思いをした園児もおられると小鮒(こぶな)園長からお聞きし、少しでも心をやわらげ、楽しい時間を共有できたら……と思い、先生にお願いして、新米ですが30分ばかり「うさぎ」をテーマに2件、そして「ピカチュウ」と「ディズニーの魔法のキャンディー」のマジックを披露する時間をいただきました。
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うさぎのマジック
駆け寄る子どもたち
1匹の小さなピカチュウが2匹、4匹と増え、最後に大きな1匹のピカチュウに変身するマジックでは、子どもたちがステージに駆け寄り、ディズニーの絵本から本物のキャンディーが飛び出した時には驚きの声が聞こえました。園児と一緒に豊かな時を与えられ、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
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駆け寄る子どもたち

ボランティア 細江卓朗(ほそえ・たくろう)

自然の恐ろしさ
幼稚園でのワークの傍ら、もうひとつのグループは日和山(ひよりやま)へ、海岸沿いの町の見学に行きました。震災後2~3日目の町の状況を写真で見ていたのですが、実際の風景を自分の目で見ると、心が押しつぶされるような思いでした。
およそ1時間、津波被害を受けた町を歩いていると、さまざまな光景が目に飛び込んできました。家の2階部分が別の家に乗っかっていたり、家全体が90度ひっくり返っていたり。これが自然の力の恐ろしさなのかと感じました。
思い出の残骸
また、町には保育所があったらしいのですが、残っていたのは園門のみで、門を見ただけではもともと何があったのか分からないほどでした。
保育所の近所にある、被災したお宅の前の道には、おそらくそこの園児であろう子どもの、お絵描き帳がありました。たくさんの思い出がその画用紙に描かれていました。新学期を迎えて、また新しい思い出を描くことを楽しみにしていたんだろうなと思うと、とても悲しい気持ちになりました。

ボランティア 野田祥(のだ・しょう)

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桜咲く日和山からの光景

日和山から見た被災地に降りたときの様子