「あなたと生きて、出会えてうれしい」(仙台・若林区 5月2日)

またあなたにお願いしたかった
「支援します」という公式ブログを見た福岡在住の娘さんからの依頼により、仙台市若林区で泥かきのワークをしました。以前にもエマオのワーカーが家の中の泥かきを行ったおうちで、「前回と同じ、エマオのワーカーさんにお願いしたかった」とおっしゃいました。(前回のワーク報告はこちら
庭には、津波の泥がかたまりとなった黒っぽい土に、色とりどりのきれいな玉砂利が混ざっていました。どう見ても大切にされている庭のようだったので、玉砂利を泥から救出することになりました。できる限りの救出だけでも、途方もない作業です。「申し訳ない」と思いつつ、目に付いた範囲で玉砂利をつまみ出し、残りの泥を土のうに詰め、家の前に積んでいきました。
娘さん一家が一緒に作業してくださったおかげで、庭の泥だしおよび玉砂利の一部救出は、午前中にはあらかたの作業を終えました。泥のつまった土のうが30袋以上、玄関前の側溝に並びました。
お父さんが敷いてくれた玉砂利だった
作業を終えた庭を見に来られたお母さんが、おっしゃいました ―「お父さんが敷いてくれた玉砂利が……」。そのお父さんは、部屋の床の間におられました。つまり、遺影として。
もう元の姿に戻すことは無理だと諦めておられたそうです。以前と同じに戻すことは不可能かもしれないけれど、少しでも元の姿に近づいた形で生活を再建してほしい……というのが、ここのボランティア・ワーカーに共通の思いです。
私は大阪出身で、こっちの方言や高齢の方々の話しておられる内容は、外国語に近いくらい分かりません。でも、それでも、望んでおられることを聞くことなしに、その人なりの再建を支えることは困難です。それだから、ゆっくりゆっくりでも話を聞くことが大事なのだと思います。
心から感謝すること。「ありがとう」ということ。
依頼してくださった娘さんは、いろいろなものを準備して私たちを迎えてくださいました。写真にある手作りのパネルやポストカード、マグカップ……。これらは、娘さんがコンピュータ・グラフィックで描いたものだそうです。
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手作りのパネル、ポストカード、マグカップ
そして、「エマオと教会」をイメージして作ってくださったパネルの裏には、こう書かれていました。

「心から感謝しています。助けてくださって有難うございました」

マグカップにはこう書かれていました。

「『ありがとう。』と言う言葉以外で、感謝の気持ちを伝えられたらいいなぁ」

こちらこそ……。「頑張ってくださいね」とは、私はとても言えないけれど、「お庭の泥かきをさせていただいて、本当にありがとうございました。あなたと生きて、あなたと出会えて本当にうれしいです」という言葉を贈りたいと思っています。本当に、生きていなければ、おそらく一生のうちに会えなかったひとたち、だから本当にうれしいです。
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ワークメンバー、ご家族と一緒に

ボランティア 浅海由里恵(あさみ・ゆりえ)

明治学院東村山高校有志ボランティア・チームが到着しました。

「ゴールデンウィークを利用してボランティアに行こう」という佐藤飛文先生(被災者支援センターボランティア)の呼びかけに応じて、明治学院東村山高校の生徒11名と教師4名の計15名の有志ボランティア・チームが5月2日の放課後にマイクロバスで学校を出発し、深夜に宮城県入りしました。
 宮城県涌谷市内に宿泊し、石巻市内の津波で被災した地域のドロ出し、ガレキ撤去、掃除、荷物搬出、物資提供、炊き出しなどをおこなう予定です。
 4月29日の下見の際、石巻市内でコメの需要があることを知った佐藤先生は、学校で「1~3kgの無洗米か白米を提供してください」と募ったところ、生徒・保護者・教職員の多くが協力して下さり、500kg以上のコメが集まったそうです。そのコメをマイクロバスに満載して(積みきれなかった分は宅急便で別送して)、涌谷に向かいました。
 高校生達の活動が被災者の方々を励まし、被災地を明るくしてくれることを願っています。

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 (明学東村山有志ボランティア・チーム)
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 (ボランティア結団式での決意表明)
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(支援物資としておコメを募集して、500kg以上集まりました!)
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 (バスに物資を積み込み、出発!)

数々のキセキにふれて(仙台・若林区 5月2日)

センターでは、「被災者の方々に寄り添いたい」という気持ちとともに、たくさんの人々が信仰にかかわらずボランティアに参加してくださっています。このような新しい出会いによって、豊かな交わりが生まれていることに感謝します。
インターネットを通じて応募された橋本さんは、「どうしても被災地で働きたい」という思いで、地震直後からボランティア先を探しておられました。なかなか受け入れ先が決まらないなか、当支援センターでの受け入れが確定したそうです。一般応募の自分にまで貴重な機会を与えてもらったことに感謝の思いでいっぱいになり、ボランティア応募をきっかけに、教会に通ってみようと思ったそうです。
それまで教会という場所に触れたことがなかった橋本さんは、初めての教会に緊張しっぱなし。そんな橋本さんに、教会でいわれたことは「どうか笑ってください。被災地に笑顔を届けてください」という言葉でした。すてきな笑顔をセンターと仙台に届けてくださった、橋本さんの報告をお届けします。


数々のキセキにふれて
仙台市中心部から自転車で約14キロ。目の前にテレビで見たそのままの光景が広がったとき、不安と緊張に押し潰されそうになりました。この状況の中で自分の力がどれくらい助けになれるのか、被災者の方にどう寄り添えばいいのか、と。
伺ったおうちもボランティアを受け入れるのは初めてとのことで、何をどこまで依頼して良いのか、戸惑っているご様子でした。とても申し訳なさそうに見せてくださった中庭は、木材や松の木や、まだ生活の匂いの残るどこかの家からの漂着物が散乱しており、もとどおりにするのはとても困難に思えました。
しかしながら、無理だと思えた目標がワーク終了時にはきちんと形になっている「奇跡」を、私はこの4日間で何度も見ることになりました。ゴールデン・ウィーク中で参加者が多く、(ひとつのご家庭に)約15名という大きなチーム編成だったこともありますが、一緒に作業をするうちにチームの中に良い空気と連携が生まれ、とても自然に作業が進んでいったのです。
たくさんの「おみやげ」
私たちが楽しそうに笑っていると、受入先のおうちの方も笑顔を見せるようになります。初日には緊張していたお母さんが、2日目には良く話しかけてくれるようになり、3日目にはお母さん、娘さん2人と一緒に庭先の泥をかき出す作業をしました。埋もれていた井戸が完全に掘り出された時、「ありがとう」、「ありがとう」と繰り返し言いながら笑っていたお母さんを見て、わずかだけど力になれている、寄り添えていると、うれしくなりました。
4日目、私の最後のワークは、大きなビニールハウスの解体作業でした。仲間たちと笑い合って作業するうちに、みるみる空が露わになっていきます。完全にハウスの骨組を取り去って、見上げると、空には奇跡のような虹がかかっていました。
虹がかかっていました
ワーク中、被災地にかかった虹。みんなで感動!
私が4日間でお手伝いできたことは、ほんのわずかだったのだと思います。それに対して、あふれんばかりのうれしい気持ち、温かい気持ちをおみやげにもらうことになってしまいました。また、さまざまな土地から来た仲間と出会い、思いを共有し、ときにはそれぞれ異なる考え方をお互いに認め合い、とにかく一緒によく笑ったのも、忘れ難い経験になりました。
ここで得たものを、家に帰ってから誰に、どう伝えていくのか。次の笑顔につながるように、まずはできることからやっていきたいと思っています。

ボランティア 橋本美菜子(はしもと・みなこ/武蔵野緑教会)

笑顔というご褒美 (石巻 4月30日)

ひとつまみの苦労
私にとっての1日目は 海産物の倉庫の片付けのお手伝いでした。
道路を挟んではす向かいにある2つの倉庫間のパレットの移動・片付けと海塩をかぶってしまった商品の選別・きれいにする作業が主でした。私はパレットの移動を担当しました。
本来フォークという作業車があれば段積みとなったパレットをまとめて運ぶことができるのですが、海水をかぶってしまい動かないため、すべて手作業で運ぶ必要がありました。
フォークがあれば一人で30分程で移動させられるところ、大人10名程で2時間かけて移動しました。
初めてのワークをさせていただいて感じたのは、私個人の力などというのは、ほんとうに小さいものだということです。
何日間・何週間と作業をされてきている方々の、ほんのひとつまみにも満たない苦労を共有させていただくくらいしかできないと痛感しました。でも、それしかできないのであれば、それを全力でやりたい。それが今自分にできることだとも思いました。
その結果、いつも作業されている方々が半日でも1時間でも10分でも、少しでも楽になれる、ふっと休まる時間がつくることができればなぁと。
「茎ワカメ 三陸産は 別格だ」
社長さんはたくさんお話を聞かせてくださいました。「元気だしてやるしかない」って社長さんは笑顔で言ってらっしゃって、逆に元気をいただいてしまいました。
「なぜ三陸産のワカメはおいしいのか?」などなど楽しいお話もたくさんしてくださいました。家族や友人、たくさんの人に言って聞かせたいと思います。
P.S. 茎ワカメ 三陸産は 別格だ

ボランティア 前原将人(まえはら・まさと)

笑顔というご褒美
本日(4月30日)、万石浦(まんごくうら)にて物資の配給と炊き出しを行いました。私自身、ボランティアに参加させていただいて、初めての作業になります。
クリームシチューを大きい鍋2つと、手作りパンを持って行きました。本当に申し訳ないと思いながら、現地でガスコンロを1つお借りしました。40人分くらい用意したのですが、おいしいととても好評でお代りをしてくださる方が結構おられたのですが、最後3人から4人の方に食べていただくことができませんでした(足りなかったため)。それがとても残念に思いました。やはり、炊き出しは余るくらいのほうがよいのかなと思います。
でも何といっても、子どもたちが「おいしい、お代りちょうだい」と言ってくれたのがとてもうれしかったです。物資の配給を炊き出しと一緒にしたので、皆さんにいろいろと見ていただき、喜んでいただけたようです。物資の配給だけだと、少し眺めて帰られる方も多いようなのですが、今回は先におなかを満たしてから物資のほうを見ていただいたので、ゆっくりと見ていただけたようです。
ボランティアに行き、笑顔というご褒美をいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。

ボランティア 飯塚朱美(いいづか・あけみ)

取り残された地域を見つけていく
災害から50日たっても、いまだ物資がいきわたっていない地域があります。またライフラインも回復されていません。
自動車がないので再開された店に買い物もいけない状況です。そのような取り残された地域を発見していく活動の一環で、今日は机といすを用意し、食事をともにしてきました。
また物資の配布も同時におこなってきました。今後、このような活動もワークと並行しておこなっていきたいと思っております。
関西よりいただいた手作りパンはみなさまに好評でした。感謝です。

スタッフ 渡辺真一(わたなべ・しんいち)


炊き出しと物資配布の様子

チャッピーのいる家で (石巻 4月29日)

「思い出がつまったこの家に」
4月29日、石巻市湊町にある鈴木さんの家で、庭のドロ出しとがれき撤去、物資の配達などをおこないました。
旧北上川沿いにある鈴木さんの家からは、桜の花が満開の「日和山」をはじめ、河口の「日和大橋」、中瀬の「自由の女神像」、「旧石巻ハリストス正教会・教会堂」や「石ノ森萬画館」などがのぞめます。しかし、その風景は、震災前のものとは大きく変化してしまいました。
大きな津波がこの地を襲い、建物の1階はもちろん、2階まで浸水したそうです。鈴木さんは2階の畳をはがし、その畳を何度も洗って干して拭いて乾かして、畳を敷き直し、その上にゴザをしいて生活をされています。
電気・水道・ガスはまだ復旧していません。家族からは「この家に住むのはあきらめよう」と言われているそうなのですが、「住み慣れた我が家だし、思い出がつまったこの家に住み続けたいんだ」とおっしゃっていました。
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庭先のドロ出し作業
「チャッピー、ありがとう!」
鈴木さんの家ではチャッピーという犬を飼っておられます。3月11日に大地震があった後、庭先でチャッピーがワンワンとほえていたそうです。「チャッピー、どうした?」と様子を見に行くと、津波が目の前まで近づいていて、急いでチャッピーと一緒に2階まで避難して、九死に一生を得たのだそうです。「もしチャッピーが津波をしらせてくれなかったら、命がなかったかもしれないね。チャッピー、ありがとねー」と語っておられました。
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チャッピーのいる鈴木さん宅
「ドロボウさんは来たんだけど……」
この日は鈴木さんの家の近くにブルーシートを敷いて物資を並べ、被災者の方々に物資提供もおこないました。鈴木さんが近隣の方に声をかけていただいたので、被災者の方々が物資を取りに集まって来てくださいました。
ある被災者の方は、「ここにドロボウさんは何度か来たんだけど、物資を配りに来てくれたのは今日がはじめてだったわ。ありがとう」とおっしゃっていました。また別の被災者の方は、「うちは実は米屋なんだけど、コメがなかなか手に入らないんだわー」ともおっしゃっていました。
石巻市郊外の大規模スーパーやコンビニエンスストアなどは営業が再開され、ライフラインの復旧も進みつつありますが、地域によってはいまだに電気・ガス・水道が復旧しておらず、支援物資も行き届いていないことがわかりました。今後も継続した支援をしてゆこうと思います。
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物資を広げて配りました

ボランティア 佐藤飛文(さとう・たかふみ/明治学院東村山高校・教諭)
明治学院東村山高校・有志ボランティア・チームのブログ

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鈴木さんと記念撮影

※ 写真や動画は被災者の方の許可をいただいて撮影しています。

合言葉は「ぼちぼち」(仙台市若林区)

(4月20日から23日までボランティア・ワークに参加されたボランティアの声です)
なんとなく潮の匂い
私は4月20日から23日まで、仙台市若林区でのボランティアに参加させていただきました。
仙台の都心部は、時々ガラスが割れていたり、ヒビが入っている建物を見かけること以外では、普通の日常が戻ってきているという印象を受けました。しかし、青葉区のセンターから電動自転車で約1時間、海のほうへ自転車を走らせると景色が一変します。
ある道路から先は一般車両は立入禁止。そこを抜けると、あたりは瓦礫の山。
家は残っています。しかし家の前は泥の瓦礫だらけ。畑か田んぼがあった場所でしょうか、そこにはまだ手をつけられていない瓦礫の山。洗濯機や冷蔵庫や車までありとあらゆるものが泥と共に流されてきたままの姿でした。
言葉を失ってしまいました。これが今現実に起こっていることなのか…。
なんとなく潮の匂いがします。
合言葉は「ぼちぼちやりましょう」
ワークではあるお宅のお庭の泥出しを行いました。泥の中からはいろんなものが出てきます。キティちゃんのぬいぐるみや伝票や写真、年賀状・・・。そこに住んでいた人たちのたくさんの大切なもの、思い出の品が一辺に流されてしまった。何ともいえない気持ちになってしまいます。
ここのボランティアの人たちの合言葉は「ぼちぼちやりましょう」。暗い顔して遮二無二やることはない。明るくおしゃべりしながら、休みながらぼちぼちやりましょう。実際作業はきつい力仕事だから必死にやっても長続きしない。また、被災者の人の心に寄り添うことが大切だから、暗い顔もよくない。みんなでのどかにおしゃべりしながら、少しずつ作業は進んでいきます。
雨の日は、別のお宅で床下に入っての泥出しをしました。生まれて初めて、床下なんかに入った!
「写真撮ってあげようか」と言われ、「そうですね。こんなとこ入るの、最初で最後かもしれませんよね(笑)」と答える。基本的にワークはみんなでほんとうになごやかに笑いながら進んでいきます。やっていることはめちゃくちゃハードなんだけど。この数日でいろんな年代の人、いろんなお仕事のひととお話できて楽しかったです!みんな、気持ちのいい人ばかりでした。
遠くからでもずっと応援したい
これからもここには日本中から大勢の人たちが来て、被災地の様子を見て汗を流して、それぞれの土地へ帰っていくのでしょう。地元でじっとしていられず「何かしたい」と思って来る人がこんなにも多いことになんだか希望を覚えました。
まだまだ現地での仕事は山のようにあるのでしょう。そして、それはいつ終わるのかわかりません。でもこうやって、ひとりひとりが少しずつ手を差し出して助け合っていけたら、きっとまた美しい町に復興していけるはず。遠くからでもずっと応援し続けていきたいと思いました。
みなさんから、元気と希望をいただけた4日間でした!

ボランティア 木村由布子(きむら・ゆうこ)

素敵な笑顔がふえるように(仙台・若林区)

(4月17日から27日までボランティア・ワークに参加されたボランティアの声です)
言葉では伝えられないこと
被災者支援センター「エマオ」さんには10日間ほどお世話になりました、「えんどぅー」こと遠藤大地です!
僕が思うこと、それは、実際に被災地に行ってみないとわからないことがたくさんある。僕は当初、実際現地に行って見たこと感じたことを、いろいろな都合の中で現地に行けない人たちに話して伝えようと考えていました。ですが、活動を一旦終えた今、それは難しいことだと痛感しました。
僕が見てきたこと感じたこと、言葉ではどうも伝えにくい。言い表せない。それほど現地の状況は衝撃的で、僕の心境は複雑でした。
津波にあった地域に自転車で入った瞬間のにおい。
テレビを見てるだけではわかりません。
泥だしをしているときのにおい。
写真ではわかりません。
現地の人の本音、表情。
会って話してみないとわかりません。
笑顔に秘められた力
僕が10日間でできたことは本当に極わずかで、それしかできない自分に無力さを感じてしまったりします。家の片付けをしているとき、家の方がすごく申し訳なさそうに話してきます。僕らはやりたくて来ているわけですから遠慮せずなんでも言ってください!と言ってもまだ申し訳なさそうに話しかけてきます。でも、僕たちが1日の作業を終えて作業前よりキレイになった家の中や庭をみると、嬉しそうに笑われるんです。
そして、本当は笑えない話のはずなのに笑って話してきます。笑顔に秘められた力を感じました。
被災者の方々の本当に心からの笑顔が見れるのはいつになるのか僕にはわかりませんが、そのときがくるまで全力で動き続けていきます。
素敵な笑顔がふえますように。

ボランティア 遠藤大地(えんどう・だいち)
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