ボランティアの必要性を痛感(仙台・宮城野区 4月10日)

私たちは今日、若林区・七郷のワーク隊とは別に、宮城野区の災害ボランティア・センターでワークを行ってきました。
「半官半民」の社会福祉協議会が運営するボランティア・センターは毎日多くのボランティアが登録に訪れ、ワークの依頼が来るたびにボランティアが挙手で立候補して派遣されるという流れで、依頼のあった家庭に向かいます。
今日私たちは2軒の家の片づけに行きました。1軒目は宮城野区・燕沢(つばめざわ)でひとり暮らしをするおばあさんのお宅でした。家の中は額に入った絵が落ち、ガラスが飛散し、庭には屋根から落ちた瓦が散乱していました。私たちはまず、部屋の片づけをした後に庭の瓦を片づける作業をしました。作業を行う中で、お婆さんは私たちに何度も話しかけてきて、余震への不安や影響をとても誰かに伝えたいという気持ちが伝わってきました。膝や腰が悪いにもかかわらず、2階に上がり作業を手伝おうとしてくれ、作業をするたびに「すみません」という言葉をかけてくださり、私たちとしては気を使ってくださることが、かえって申し訳なく感じてしまっていました。
2軒目も同じく宮城野区・岩切に住む一人暮らしのおばあさんのお宅でした。お宅は一軒家で、窓枠から外れていたガラス戸4枚が家のゆがみのためはまらず、倒れてしまう状態でした。2階は本棚が倒れ、ガラスや本などが散乱して足の踏み場もなく、何から手をつけるべきか困惑するような状態でした。とりあえず、間に合わせで家にあった段ボール・ガムテープを使い、ガラス戸を応急処置で倒れないようにするしかなかったです。
このお宅のおばあさんは、被害が大きいにもかかわらず他の被災者や私たちのことを気にかけ、ボランティア派遣依頼を遠慮していたそうです。そのためか、遠慮した依頼内容と現場の仕事量はまったく異なっていました。この女性のように遠慮をしてしまってボランティアの派遣依頼をしない被災者の方々が多くいて、潜在的なボランティア需要がたくさんあるのではと感じた一日でした。

ボランティア 本田昂平(ほんだ・こうへい/大学3年生)
寺内大喜(てらうち・だいき/大学4年生)

大余震を経験して(石巻 4月7日)

被害の傷跡
4月7日は、家の泥出しと畳と家具の搬出を行う班と、海産物問屋の冷蔵倉庫の清掃を行う班の2チームに分かれて作業しました。
冷蔵倉庫では、建家に穴が開くほど津波の被害にあっており、中にあった商品のワカメや昆布が泥を被ってしまっていました。その海産物の搬出と倉庫の周りの清掃が主なワークでした。
倉庫と海の間には防砂林の松林があったのですが、小さな松は流されており、津波の勢いはほとんど軽減できていなかったようです。道路上の車も倉庫に突っ込んでおり、付近一帯はまだまだ被害の傷跡が見られました。
大余震を経験して
1日のワークが終えて夕食をとった後、そろそろ寝ようかと思っていた23時半頃に大余震が起きました。最初は小さな余震かと思い、みんな話しを続けていましたが、窓ガラスが大きな音をたて、物の入った段ボールまで動いていたので、地震の大きさに驚きました。
電気もとまり、辺りがよく見えないなか、急いで身の安全と出口の確認をしたあと、毛布などの防寒具を持って近くの避難所に行くことになりました。避難所には3月11日の地震から避難し続けている人々に加えて、さらにおびただしい人数が避難していました。余震が続くなか、ワーカー全員で避難所の隅で一晩明かすことになりました。避難所では、パニックになっている人も見られ、津波警報のサイレンが不気味に響いていたことが耳に残っています。
翌日、(活動拠点である)石巻栄光教会に帰ってくると、水もとまっていました。朝ご飯まえに何人かで水くみに行きました。給水がとまると水を得るのにもこんなに苦労するのだと痛感しました。
そして、ライフラインが復旧しておらず、余震の恐れもあるため、安定した状況になるまでボランティア・メンバーをエマオに帰還させることにしました。8日の午前8時40分ごろに電気は復旧したものの、インターネット・携帯電話は通じにくい状況でした。
しかし、翌日9日にはそれらも回復し、水道も石巻栄光教会では復旧しました。余震も回数が減ってきており、街もだんだんと落ち着いてきたので、明日の11日からはまたボランティア・メンバーを石巻栄光教会で受け入れ、ワークを再開する予定です。

ボランティア・スタッフ 梅川正太(うめかわ・しょうた)

エッセイ: 「ボランティアしてあげる」ではなく

「ボランティアしてあげる」ではなく
私は、主に七郷のワークに参加しています。地震から3週間くらいたちましたが、みんなで自転車で向かう道中にもまだマンホールが上がっていたり歩道が割れていたりと、地震の被害が見えます。また、東部高速道路の下をくぐり抜けると地震よりも、津波の被害が大きくガレキの山が道沿いに積み上がっています。最近になって、やっと自衛隊や行政の手が入るようになったみたいです。
七郷は古い農家のお宅が多いので、大きな庭と納屋の片付けをするのがとても大変そうです。漂流物や家財や農具の搬出や、泥出しや、掃除はとても重労働です。ボランティアを受け入れている方のお宅に行くと毎日の途方もない作業で疲れた顔が見受けられ、会話をしても震災の話ばかりになってしまいます。
しかし、その中でもみんなで作業しながら話して笑い合ったりすることで、悲しみやつらさを分け合って前向きな気持ちで頑張ろう、と思っていただけてるようです。地道で単純な作業が多いですが、自分の家のように丁寧にすることで「ボランティアしてあげている」のではなく「協力して活動している」ということをいつも心に置いておきたいです。これからも微力ではありますが細く長く、被災者の方々と関わっていくことが一番大事なことなのだと思います。
「ボランティア」というつながり
個人的には、私も仙台在住なので親戚や知人もみんな被災者であり、亡くなった同級生や安否が不明の友だちもいます。慣れ親しんできた風景が完全に破壊されてしまった地域もあります。時間がたっても慣れることがないこの感覚と向き合うために、私は「ボランティア」という形でたくさんの同郷の方とつながり、協力し合っていきたいなと強く思います。
県外からのボランティアの方には、つらい悲しい現場だけではなく、宮城県の土地や人の良さに触れてもらって、親しみを持ってこれから先ももっといろんな形で関わってもらえたら嬉しいです。
これからもっとたくさんの人の笑顔を見られるように頑張っていきたいです。

ボランティア 上野幸奈(うえの・ゆきな)

岩手に派遣されて(岩手県・大船渡市 4月2~5日)

私は4月2日から5日まで、岩手県・大船渡(おおふなと)市にある日本キリスト教団・大船渡教会へボランティアとして派遣されました。
主な作業内容は、同教会に届く大量の物資の仕分け・整理です。大船渡教会は、近隣被災者への支援活動として、集まった救援物資を近隣の方々に提供する働きをしています。信徒、被災の大小などに関わらず教会を訪れた方全員に物資を提供しているため、平日は常に多くの方が訪れていました。
$「東北教区被災者支援センター」の公式ブログ-0328
一般にも開かれた救援物資提供
大量の物資を受け渡すのは労力がいることでしたが、牧師先生や会員の方は地域に信頼される教会を目指し、朝早くから活動していらっしゃいます。大船渡は、支援センターのあるエマオから離れた場所ですが、この出会いを忘れず、長期的な関わりをもっていきたいと感じています。
また、岩手で見た被災地の風景は、強く脳裏に焼きつきました。陸前高田(りくぜんたかた)、釜石(かまいし)、下閉伊郡(しもへいぐん)。エマオ付近の被災地も十分目を覆いたくなるものですが、リアス式海岸沿いを北へ上っていく中で急に現れる惨状には、言葉を失いました。しかし同時に、これらの現実を受け止めた上で、どのような心構えで活動に取り組むか、強く問われた気がしました。
この岩手での活動で得た経験・感情を生かしたボランティアを続けていきたいと思います。

SCF派遣ボランティア 真壁優人(まかべ・ゆうと)

写真でつづる七郷ワーク (仙台市・若林区 4月7日)

千葉県からボランティアにやってきて、2日間ワークを行いました。その間で撮影した写真とコメントです。
七郷でのワーク
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&raquo2日間仙台市若林区の高山さん宅をお手伝いしました。2日がかりで床を全部はがして床下にたまった泥を除去しました。
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&raquo高山さんのご家族は手分けして泥で汚れた家財道具を洗っていました。
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&raquo七郷では、お昼はボランティア全員で食べます。ひとときの休憩が午後の活動の鋭気を養います。
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&raquo今日のワーク終了後、高山さんのご家族とお手伝いしたボランティアで記念写真。
荒浜へ
お昼の休憩の間に、若林区荒浜の方へ自転車で行ってみました。
$「東北教区被災者支援センター」の公式ブログ-7796
&raquo荒浜の海から見た街。手前は壊滅状態ですが、遠くに波が届かなかった仙台のビル群が見えます。
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&raquo荒浜の川にたくさんの車が浮いていました。
$「東北教区被災者支援センター」の公式ブログ-7850
&raquo荒浜の海にお花が備えられていました。この場所に数百人の遺体があったなんて信じられないくらい、今は静かな海です。
私は3泊4日という短期間のお手伝いしかできず、明日には帰ってしまいます。来る前は不安が大きかったですが、ボランティアの仲間や、スタッフが温かく迎えてくれ、また被災した方々も笑顔で接してくれました。皆さんには感謝の気持ちで一杯です。今は来て良かったと思っています。

ボランティア 山内宗洋(やまうち・むねひろ/20代後半 京葉中部教会)

青年同士の「わかちあい」始めました!

今日から当センターでは、青年のボランティア同士が小さなグループで、ボランティアを通じていろいろな人に出会い、働く中で、何を感じ、何を思ったか、わかちあう時間を持つことを始めました。
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参加者の声
若い学生ボランティアが多い今、現地で見て、聞いて、触れて感じること、想うことが彼らには多々あると思います。そして、それはそれぞれの人生にとって貴重な財産になります。
また、それを自分ひとりの中だけにしまっておくのではなく、他人と共有することでよりよい経験とすることが大事であると思います。
そこで、少人数で互いの想いを語り合う時間をつくりました。
今回は「どんな想いで参加したか」ということを主軸に話し合いました。
いろんな視点から改めて今回の地震を見つめる、とてもすてきな時間を過ごしました。

ボランティア 川上侑(かわかみ・たすく/大学2年生)

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「小さなことから、コツコツと」(仙台市・若林区 4月5日)

神戸から来ました。あの時に思いをはせつつ……。
石巻栄光教会と、若林区・七郷地区のワークに参加しました。石巻では、若いワーク隊は、教会員や近隣の方の家の掃除に手いっぱい。
遅れて到着した僕と中島正勝さん(なかじま・まさかつ/甲南教会・牧師)の非力なおじさんワーカーたちは、幼稚園で飼っている犬(トマト)の犬小屋の掃除をしました。
泥水につかりながら人間の救援が優先される中、手が付けられなかったようで、「掃除してくれたらうれしいんだけどなぁ~」という小鮒牧師の要請を受け、喜んで隅々まできれいにさせていただきました。
七郷では、津波で泥をかぶったお宅の、庭の泥かきをしました。ひとかき、ひとかき、泥をかき出して、一日かけて庭を元通りに……。
小さな仕事に微力ながら加わっています。全体から見れば、ほんとにほんとに小さな働きです。
でも気の遠くなる時間の中で、それが積み重ねられていって、いつの日か被災地の日常が戻ってくることを信じます。
神戸もそうして日常を取り戻していきました。

「小さなことから、コツコツと」(by 西川きよし)
「わたしたちは微力である。でも無力ではない。」(by 池田香代子)

ボランティア 川上盾(かわかみ・じゅん/東神戸教会・牧師)