メールマガジン第2号

<創刊号 3号>



◆◇被災者支援センター・エマオ メールマガジン【第2号!】◆◇
 今朝もエマオでは七郷中央公園仮設にラジオ体操に行って来ました。お茶をご一緒した後、仮設の周りの草むしりの続き。働いている方や高齢の方にはなかなか手が届かない作業です。時間をかけて、ゆっくり信頼関係を深めている…、まさにスローワークを感じる一時でした。今号から数回に渡って、被災された庄子さん兄弟の「生の声」を連載します。ぜひお読み下さい。
佐藤真史(教団派遣専従者)

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■ 今号のラインナップ
[1] 『ボランティア』との出会いが 生きがいをくれた ~その1~(全3回)
[2] 『笹屋敷deすずめ踊り』を終えて <後半>
[3] ボランティア募集中です!
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[1] 『ボランティア』との出会いが 生きがいをくれた ~その1~(全3回)

約半年前から『エマオ』のボランティアと共に、自宅の修復を続ける庄子好次さん(六十歳)、敏夫さん(五十五歳)兄弟。
被災者となり絶望したあの日から、復興者として立ち上がった2011年を振り返り、欠くことができなかった『ボランティア』の存在について、自分たちの言葉でおおいに語ってくれました。
(取材・文/塩坂佳子 取材日時/2012年3月17日)

『ボランティア』とは 泥棒のことだと思っていた

 最初、私たちにはボランティアという言葉の意味がまったくわかりませんでした。
 震災直後には、高校生ぐらいの若者が自転車に乗り、長靴だけを持って突然現れる。
 「何かやることありますか」と言って家に上がりこみ、お金や貴金属を盗んでいったという噂がたったものだから、この辺りでは多くの人が、ボランティアとは泥棒のことだと思いこんでしまったのです。
「ボランティアはやめておけ」
「ボランティアを家に入れてはいけない」
 隣近所でそんな風に話しあっていたのです。
 
 けれども、私たちが住む仙台市若林区荒浜の被害は甚大でした。海岸線から約4㎞、標高約3mの内陸部まで水没したと言われ、農地はほぼ冠水です。特に、海に近い荒浜小学区内は、約800世帯の集落が家や建物の土台だけを残し、すっかり消えてしまいました。海から約1.5㎞離れた石場地区以西では、かろうじて家が残ったものの、それも原型をとどめる程度。再び住めるとはとても思えず、早々に解体を決めた人も多かったのです。たとえ修復したくても、家財道具や財産の多くを流され、仕事もなく、プロに頼む資金は残されていませんでした。

 それでも兄の好次は、震災後、家族と一緒に行政の借り上げアパートに身を寄せながら、家を自分できれいにしようと二ヶ月間、長距離トラックの仕事を休みました。しかし、代々兼業農家として栄えてきた広い敷地、男手が自分ひとりでは、遅々として進みません。家の前に山積した瓦礫をどけ、玄関までの道筋を作る。ありとあらゆる物が折り重なって散乱し、足の踏み場もなかった家の中をなんとか歩けるようにする……。もう、それだけで力尽きてしまい、家や庭、倉庫の床一面を覆う泥、流れついた大木などをなんとかしようという気力は残されていませんでした。
(もうダメだ……)
 生まれ育った家が、地震と津波で滅茶苦茶に破壊された様子を初めて見た時の衝撃はそのまま、数ヵ月たっても癒されるどころか、その確信をますます深めていくばかりだったのです。
 
 兄・好次が四代目の家主として継いだ本家のすぐ近くには、弟・敏夫の家があります。こちらも被害は大きくて、震災後は敏夫も兄一家とは別の借り上げアパートに住みました。できれば家を修復したいと考えましたが、すべてを流されてしまった今、お金はありません。
そもそも、十m越えの津波が襲った荒浜地区、そのすぐ西側に位置する自分たちの家も移転を迫られる可能性は高く、行政の判断は二転三転、一向に方針が決まりませんでした。
(いったい、これからどうすればいいのか……)
 何の答えも出ないまま、家は泥だらけで放置。敏夫にも介護タクシーの運転手という職がありましたが、先のことを考えるとなかなか仕事に集中できませんでした。それは皆、同じだったようです。仲間たちの間でも、車の運転中に考え事をして、事故を起こすケースが多発していました。

 そんな時、敏夫が久しぶりに自分の家の様子を見に来ると、門の前にふたりの若者が立っていました。その姿を見た瞬間、敏夫の頭に例の噂が蘇り、泥棒だ! と思いました。
「誰だ、お前たち」
 すると、若者たちが丁寧に頭を下げました。チラシと名刺を差し出し、この辺りの住民にボランティアの案内をしていると説明します。最初は疑心暗鬼でしたが、話を聞くうち、少し信用してもいいような気がしてきました。彼らの礼儀が、とても良いと感じたからです。震災からすでに半年が経過、自分たちだけでは復興できない、と痛感していたこともありました。
「何でもやります!」と言ってくれた若者たちの言葉が、素直にとても嬉しかったのです。

(その2へ続く)

[2] 『笹屋敷deすずめ踊り』を終えて <後半>

 会場へ来ることが出来なかった方も多くいらっしゃいます。わたしたちは、新しい試みに挑戦してみました。メッセージカードの募集・展示と、USTREAMによる中継です。メッセージカードは、急な呼びかけにもかかわらず43名の方からお送りいただくことが出来ました。これらは会場の舞台のそばに展示させて頂き、多くの方にご覧いただくことが出来、非常によい取り組みであったと実感しています。また、USTREAMを通して、当日の様子をご覧くださった方も、いらっしゃるでしょう。どうでしたでしょうか。少しでも、会場の人びとと“共に喜ぶ”ということを感じて頂くことが出来たでしょうか。

 わたしたちは、地域のワーク先の方がたに寄り添おうと働き続けてきました。けれども同時に、その方がた寄り添おうとしておられる他者―つまりは、多くのボランティアワーカーのみなさん―のことも想い続けています。“笹屋敷を想う人々”を想う人々がたくさん集まって、みんなで“ささえあって”笹屋敷を盛り上げていきたいと考えています。

 最後に、わたしたちの想いは“ささへあう”です。
 たくさんの人びとと“ささえあって”、『笹屋敷deすずめ踊り』をよき時とすることが出来ました。すると、みなさんと出会ってから今までの時間よりも、もっとはるかに長いであろう、“これからの時間”というものが頭に浮かんできました。そう、わたしたちには“これから”の夢を語り、挫折することもあるかもしないけれど、創造してゆく力があるのです。

 わたしたち、あなたたちはもう、後戻りできないのです(良い意味で)

堀田暢(スタッフ)

[3]ボランティア募集中です! 

 今週は、20名くらいの参加でしたが、来週からは、七郷、石巻合わせても10人もいない状況です。しかし、ワークが少なくなることはなく、特に七郷ではワークが増えています。温かくなり、畑の整地や苗植え、雑草も育ってくるなど、人手がいくらでも欲しい状態です。去年来た方は、少しづつキレイになっていく姿を、今年に来た方は緑が増えていく姿を見にきてください。そして、お宅の方、一緒にワークされた方などと再会を楽しんでください。
 ご参加、お待ちしております!

永野香織(スタッフ)

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