メールマガジン第3号

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◆◇被災者支援センター・エマオ メールマガジン【第3号!】◆◇
◆◇2012.6.11~11日を忘れない~◆◇
 今日は6月11日、15回目の11日です。震災によって亡くなった方、1万5861人。行方不明の方は3018人。数字では表せない一人ひとりの<いのち>があったことに思いを向け、「11246の祈り」を共に祈りましょう。

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■ 今号のラインナップ
[1] 『ボランティア』との出会いが 生きがいをくれた ~その2~(全3回)
[夏企画第一弾] 『笹屋敷のこれからを想う時』 ~こどもたちを対象にした総合的学習支援のお知らせ~
[夏企画第二弾] 夏祭り開催決定!
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[1]『ボランティア』との出会いが 生きがいをくれた ~その2~(全3回)

<リード>
約半年前から『エマオ』のボランティアと共に、自宅の修復を続ける庄子好次さん(六十歳)、敏夫さん(五十五歳)兄弟。被災者となり絶望したあの日から、復興者として立ち上がった2011年を振り返り、欠くことができなかった『ボランティア』の存在について、自分たちの言葉でおおいに語ってくれました。
(取材・文/塩坂佳子 取材日時/2012年3月17日)

2011年、3月11日
すべてが始まった

 あの日、庄子本家には、もうすぐ八十歳になる母親と好次の妻、そして、好次の四人いる孫のうち、小学校に上がらない下のふたりが共働きをする長女夫妻から預けられていました。
 学生は学校へ、男たちの多くは街へ仕事に出かけていて、この辺りでは他の家でも、女性や幼い子ども、お年寄りが多かったと思います。
 14時46分の大地震発生。
 直後には庄子家にいた全員が家を飛び出し、隣近所の人たちと無事を確認しあいました。余震が来るに違いないから、今夜は庄子家の敷地にある大きなビニールハウスの中で身を寄せ合って眠ろうと話し合いました。津波のことは誰も心配していません。宮城県沖地震など、過去にも何度か大型地震を経験しましたが、そのたびに「津波が来る!」と騒がれては結局、人家を脅かす程には来なかったからです。
 一時間ほど外で立ち話をし、皆の気持ちが少し落ち着いてきたので、いったん解散ということになりました。それぞれ家に戻り、庄子家の母も家の中に入りましたが、好次の妻は、車三台ぐらいを停められる大型倉庫の前の敷地で、まだ家に入りたがらないふたりの孫を遊ばせていました。
 約1.5㎞東に海がありますが、その間には、歴史ある漁師町として栄えた荒浜地区の家々や防風のための松林が茂り、庄子家の辺りから海を望むことはできませんでした。しかし、妻がふと目をやると、海の方角から家々の間を縫って黒い壁のようなものが迫ってきています。
(なんだろう……?) 
 しばらくぼんやりと、妻はそれを眺めていました。その間にも黒い壁はみるみる迫ってき、ついには彼女の足元を濡らし始めたのです。
(津波だ!)
 はじかれたように、好次の妻はふたりの孫を抱き上げました。
 普段は重くてなかなか上げられないはずの大型倉庫のシャッターを一気に押し上げました。置いてあった農機具の中で、最も背丈があるコンバインの上に飛び乗ったとたん、真っ黒い水が胸元まで湧き上がってきました。幼い孫たちも必死に妻の首にすがりついています。
(もうダメだ!) 
 そう思った瞬間、目の前に大きなクーラーボックスが流れてきました。夫が釣りに行く時、魚を入れて持ち帰るためのものです。妻は、上の子をその中に入れ、水に浮かしたままクーラーボックスを離しませんでした。下の子は下半身が水に浸かっているにも関わらず、怖がって妻の首元から離れようとしなかったので、そのまま抱いて一昼夜を耐えることとなりました。
 闇に包まれた倉庫の中では、もともと真っ黒だった水の表面がいろんな色に光りました。とても不思議な光景で、妻と孫たちは一晩中、飽かずにそれを眺めました。
 後にその話をすると「海水に混ざった油だろう」と多くの人が推測しましたが、妻にはそうとも思えず、未だにふと、あれは何だったのか……と、考え込む瞬間があると言います。
 とにかく、3人は奇跡的に助かりました!
 携帯電話でつながった長女(孫たちの母)の手配で、翌朝自衛隊のヘリコプターが来てくれたのです。雪が降ったあの夜は、本当に寒かった。妻は水に浸かりながら歯を食いしばり続け、しばらく奥歯が噛み合わないほどでした。低体温症で手も足もパンパンにむくんでいましたが、なんとか無事、病院に運ばれ、三人は命を取り留めたのです。しかし家の中では、もうすぐ80歳になるはずだった姑が遺体で見つかったと、後に警察から連絡がありました。

ボランティアとの出会いに一縷の望みを賭けて

 あれから半年が経っても、強烈な体験をした好次の妻は家に寄りつこうとしません。当初は仕事を2ヵ月休み、自分で家を片付けようとした好次も、今ではすっかり生きる気力を失っていました。復職後も震災の影響で、長距離トラックの仕事は激減。狭いアパートに閉じこもり、鬱々とテレビを眺める日々が続いたのです。

 その姿を間近で見ていた弟・敏夫は、危機感を覚え始めます。
 家や物の再建などと言うより先に、人間がダメになってしまうと感じたからです。
 まずは自分が立ち上がり、家を再建してみせることが、兄夫妻の心を変えるきっかけにもなるかもしれない……。そんな風に考えていた矢先、敏夫の家の前にあのふたりの若者が現れたのでした。
 とにかく前進したい!その一心で、敏夫は数日後、自分の家に『ボランティア』を招いてみることにしました。しかし、いきなり家の中に入れるにはやはり抵抗があったので、まずは庭やガレージなど外周りの清掃を依頼してみました。
 必要な草木は全て、塩害で枯れてしまいましたが、初夏から生え始めた庭の雑草は、もう手に負えないほどになっています。ガレージには、どこから流されてきたのかわからない瓦礫や木材、金属、ガラスなどが足の踏み場もなく散乱し、2㎝程の厚みで瓦状に固まったヘドロが床一面を覆っていました。
 家の中の惨状と同様、この半年間、見るたびに「再建は無理だ」と家主の心を萎えさせてきた光景です。
 そこに、毎日顔ぶれや人数は変わるものの、学生を中心としたさまざまな人たちがやってきて、不要な物の全てを捨て去り、泥を洗い流してくれました。庭のゴミや雑草も一掃され、家の奥の倉庫や裏の竹林まで、みるみるきれいになっていきます。
(人の手は、すごい!)
 プロの技術や機材があるわけではありません。しかし複数の人間が同じ目的に向かって心ひとつに走る時、とてつもなく大きな効果につながると知り、感激しました。
 ボランティアの一人ひとりがどこから来たのか、何者なのかは話してみないとわかりません。その団体自体、最初はどんなものなのか、全くわかりませんでした。
(それでもとにかく、信用してみよう)
 ほんの数日で、敏夫は彼らを家の中に入れることを決意しました。

 言葉の意味がわからず、泥棒だと思い込んでいた『ボランティア』。しかし実際は、床に落ちていた一円玉ひとつ、「これをどうしますか?」と家主である自分に尋ねてきてくれました。勝手に作業を進めることなく、こちらの希望を真っ先に確認してくれます。
(これはいったい、どうしたことだろう……)
 敏夫の中で『ボランティア』という言葉に対する認識が、日を経るごとにどんどん変わっていきました。

兄も『ボランティア』と共に家の再建を決意

 弟の家が確実に直っていくのを見て、兄の心も少しずつ立ち上がっていきました。
 自分が建てた家なら潰してもいい。しかし本家は、先祖から引き継いだ大切な宝です。解体するにしても、やれることを全てやってからでないと申し訳が立たない……。
 兄、好次もボランティアの手を借りて、本家の再建に乗り出すことを決意したのです。
 家の前には、農機具を格納する大型倉庫がありました。妻が津波に追われ、ふたりの孫と恐怖の体験をしたあの場所です。
 壁の二面を広く覆う窓ガラスには、床から150㎝ぐらいの高さでクッキリと色が変わる津波の線が刻まれていました。鍬、くわ、シャベル、一輪車、ねじ回しやハンマーなどの小道具から、木材や高価な大型機具まで、「津波ライン」より下にあったものはすべて泥まみれです。ほうぼうに散乱したその物や道具を、ボランティアはひとつひとつ水で洗っていきました。何度も水を流して床に溜まった泥をかき出し、最後には窓ガラスに刻まれた「津波ライン」をこすり洗って消しました。
 学生、サラリーマン、主婦、保母、年金生活者……。日本全国、時には海外からも、さまざまな顔ぶれのボランティアがやってきて、ほんの一週間ほどで広い敷地にある畑や倉庫がほとんどきれいになりました。好次が仕事を休んで二ヶ月間頑張っても、ひとりでは手がつけられなかった場所です。
(こんなに直るとは思わなかった……)
 『ボランティア』と一緒ならできるかもしれない!好次は本気でそう思いました。この瞬間から、生まれ育った家の再建が、彼の生きがいとなったのです。
 また、この頃から、ボランティアを慰労するため、妻も缶ジュースやお菓子を持って家に立ち寄るようになりました。人がいるとわかっている時間帯にしか、怖くて来ることはできませんでしたが、それでも、毎回来るたびに何かが少しずつ修復されていくのを見て、妻の心もだんだんと、明るくなっていくようでした。

 もちろん最初は、家の中も惨憺たる光景でした。
 天井は大きくはがれ、床は津波に突きあげられて穴が空き、海側の壁には、松の大木が突き刺ささっていました。壁や窓ガラスには、やはり高さ150㎝ぐらいの所まで津波の跡があり、テーブルや箪笥、仏壇、家族のアルバムまで、残った家財道具や大事な物のすべては泥まみれです。畳や襖も水をかぶって全滅。家自体が大きく歪んでしまって、窓は閉まりませんでした。そして、床下には必ず悪臭を放つヘドロが溜まっているのです。
 畑を挟んですぐ隣にある弟・敏夫の家も、最初は同じような状態でした。
 ボランティアは、まず家財道具を移動して床板の一部をはいで床下に潜り、手作業でヘドロを掻きだしていきます。その後は、随時自分たちと相談しながら、作業を進めてくれました。
 例えば敏夫の家では、はめ直した床板の上にフローリングマットを敷き、壁には白いペンキを塗って、震災前よりも明るい雰囲気の部屋ができあがりました。地震で落ちた屋根の瓦も整えて修復。解体した家から津波をかぶっていない建具、家具などを譲り受け、障子や襖の紙を貼って、カーテンも取りつけました。ここまでで約5ヵ月間。あっという間の日々でした。
 本家も同時進行で、修復を行いました。
 敏夫の家よりも大きい分、時間はかかりましたが、昔は結婚式も行ったことがある三間続きの大広間。
 そこに、中古だけれど、津波をかぶっていない緑の畳が久しぶりに敷き詰められた時は、感無量でした。その頃にはすでに、一度帰ってもまた来てくれた顔なじみのボランティアがたくさんいて、彼らもまた、自分の家のことのように目を潤ませて喜んでくれたのです。

その3へ続く

[夏企画第一弾] 『笹屋敷のこれからを想う時』 ~こどもたちを対象にした総合的学習支援のお知らせ~
 
 支援センターが夏休みに向けて次に考えること、それは、『こどもたちへの学習支援』です。その為のボランティアをここに募りたいと思います。勉強以外にも、みんなで一緒に体を動かし、みんなで一緒に遊ぶ。その中から様々なことを学んでもらう。そのための場所づくりを支援センターでやるのです。そこで、こどもたちがみんなで遊べる企画を、皆さんの方から持ち寄って頂きたいと思っております。夏休みの間の3週間を、週ごとに3つのタームに区切り、1つのタームに何名かのグループで参加して頂ければと思います。

◎期間◎ 2012年8月6日~8月25日 (月・水・金)
◎対象◎ 笹屋敷を中心とした世帯の“小・中学生”
◎一日の流れ◎ ≪10:00~10:30ラジオ体操≫→≪10:30~12:00 勉強(夏休みの宿題等)≫→≪12:00~13:00 昼食≫→≪13:00~15:00 持ち寄り企画によるレクリエーション≫

 一番の目的は、こどもたちに学校以外でも遊んでもらえる“居場所づくり”をすることにあります。自宅に戻って生活を再開した世帯と、未だ避難生活を余儀なくされている世帯との間に、ある種の“壁”のようなものができてしまっている現状があるからです。学校が終わると、それぞれがバラバラの場所へと帰ってゆきます。放課後に集まり、一緒に遊ぶ機会がないのです。そこで夏休み、こどもたちが集い遊ぶ場を一緒に作るのです。
 笹屋敷のこれからを想う時、こどもたちの存在は本当に大切です。思ったよりもこどもが集まるかもしれません。その逆もあるかもしれません。こちらの想像とは違うこともあるかもしれませんが、それでも主役であるこどもたちが“帰ってきたい”と心から思えるような故郷にしてゆくためにも、今回のこの企画は非常に意味深いものになるでしょう。それだけではありません。笹屋敷に暮らしていたこどもだけでなく、また違う場所に暮らすこどもも集まることで、新たな出会いが生まれます。震災で失ったものは、計り知れない程たくさんあります。しかし、震災をきっかけに生まれる新たな出会い、新たな喜び、そして新たな希望を一つでも多く作り出してゆけたら、というのが私たちの想いです。
 みなさんのお力を、豊かな想像力を、私たちは必要としています。よろしくお願い致します。
山田峻行(スタッフ)

※7月23日~27日、石巻でも学習支援を企画中です!立町復興ふれあい商店街のご協力の下、子どもたちの「居場所作り」を目指します。詳細など決まり次第、またご報告します。

[夏企画第二弾] 夏祭り開催決定!

 夏祭りの日程決定しました!
  ☆仙台 8/12(日) エマオ笹屋敷にて
  ☆仙台 8/18(土) 七郷中央公園仮設にて
  ☆石巻 8/21(火) 石巻栄光教会にて

 時間など詳細は決まり次第、ブログ、メルマガにて発表していきます。

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発行:東北教区被災者支援センター (UCCJ Tohoku Disaster Relief Center)
〒980-0012 仙台市青葉区錦町1-13-6 東北教区センター・エマオ 2階
Tel 022-265-0173  Fax 022-265-0174

[公式ブログ] http://ameblo.jp/jishin-support-uccj/
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