励ましの言葉とは

継続的に農作業の手伝いをさせていただいているお宅があります。
兼業で農業をされていた方で、海に近い自宅は津波の被害にあわれました。現在は借り上げの小さなアパートに仮住まいされています、薄い壁のため物音を出すのに常に気遣いをしていなければいけないので、大変ストレスが溜まるそうです。出来るだけアパートにいたくないので、昼間はよくここの畑に来られています。
早く自宅を直して住みたいのだそうですが、住める状態にするためにはリフォームをしなければいけません。そのリフォーム金額がとんでもなく大きいのです。家財道具もすべて失い、年金収入で暮らしている者にとっては到底用意出来る金額ではありません。それでも前向きに生きていこうと畑仕事を始めるのですが3時間もするとすぐに疲れてしまうのだそうです。以前はこんなにすぐには疲れなかったそうです。目の前にそびえ立つ大きな現実のことを考えると呆然としてしまい、無気力になってしまうのだそうです。
そんな方に「がんばってください」なんて無責任なことをいえません。でも何か励ましの言葉をかけたかったのですが、私は言葉をかけることができませんでした。
支援センタースタッフ 松山 けい

ニュースレター発行準備を進めています。

「東北教区被災者支援センター」の公式ブログ-ニュースレター
 昨日、メールマガジンの創刊号を配信しましたとお伝えしました。
 これからも定期的に配信していく予定です。
 これとは別に、ニュースレターを発行することにしました。
 ニュースレターは、支援してくださっている教会、関係学校・団体などへ向けて発送します。
 ニュースレターを通して、支援センターの「いま」、ボランティア・ワーカーを派遣している地域の「いま」をお届けします。
 支援センターの営みは、とても小さな営みです。
 この営みを、続けていきたいと願っています。
 そのためには、みなさんの、さまざまな形でのお支えが必要です。
 これからも引き続き、支援センター・エマオをよろしくお願いいたします。

写真展のパネル作成中!!

$「東北教区被災者支援センター」の公式ブログ-パネル作成中
17ある教区では、この時期、それぞれに教区総会が行われます。
その会場で、私たち支援センターのこの1年の活動報告と、ボランティア・ワーカーさんを送って下さったこと、献金を送って下さったこと、そして何よりも支援センターのことを覚えお祈りで支えてくださったことへのお礼をこめて、写真展を開かせていただいております。
 いまは、そのパネルを作成中です。
 私たちの思いとともに、このパネルが届きます。

少しでもお手伝いができて…

昨年の11月から半年ぶりのワークでしたが、運良く前回と同じお宅に伺うことができ、以前に解体したビニルハウスが今回はもう一度組み上がっていてとてもうれしかったです。津波で一度壊れた骨組みの再利用ということでゆがみを調整しながらの組み上げ作業は、なかなか前に進まず骨の折れる作業ですが、少しでもお手伝いができて良かっリレーのように引き継がれていくものたです。(S.S.)

メールマガジン創刊!!

$「東北教区被災者支援センター」の公式ブログ-メルマガ創刊号
 東北教区被災者支援センター・エマオでは、支援センターの”いま”、ボランティアワーカーを派遣している地域の”いま”をお伝えするため、メールマガジンを発行することになりました。
 今日お送りしたのは、創刊号です。
 届いていないよぉ~という方、
 送ってほしいよぉ~という方は、
メールアドレスをtohoku.uccj@gmail.comまで送って下さい。よろしくお願いいたします。

『笹屋敷deすずめ踊り』を終えて

 早くも一週間が過ぎました。
この記事をお読みくださっている方の中にも、会場へ足を運んでくださった方、それぞれの地から想いを届けてくださった方がたくさんいらっしゃるでしょう。
会場へ来ることが出来ない方がたの想いを地域の人びとへお届けすること、また、地域の人びとと共に感じる“喜び”を分かち合うこともわたしたちの役目だと考えました。
そこで、世界中のワーカーさんからメッセージカードを募集すること、“USTREAM”を用いて世界中のワーカーさんに様子を伝えることに挑戦してみました。
「東北教区被災者支援センター」の公式ブログ
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 5月4日当日、明け方まで降り続いた大雨が止んだこと、多くの笑顔があふれたことは、みなさまのあたたかい想いの一つひとつが、あの日、あの地に注がれたからだと信じています。
 文字通り、“老若男女”が集うことが出来ました。
全国からのボランティアワーカー、地域のこどもたち、おじいちゃんおばあちゃん…。
今回は、震災から1年経ってもご自宅へ戻ることができずにいらっしゃる方がたも多くお集まりくださいました。
 3月11日の『いこいの郷 エマオ笹屋敷』開所式の際に作ったメッセージボードの中心にある、“ささへあう”をここでもう一度、心の中でつぶやきました。
“みんながもう一度、笹屋敷に戻って来て再会を喜ぶ”ことがわたしたちの目指すところであると。
 当日は、すずめ踊りをみんなで踊り、おいしい食べ物を味わい、みんなで声を合わせて歌い、大いに盛り上がることが出来ました。
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笹屋敷町内会婦人部および青年部、すずめ踊りの踊り手さん、和太鼓グループ、七郷市民センター、静岡一番町教会、サイゼリヤ、障がい者就労支援センター・オリンピア岩屋、石巻栄光教会、仙台北教会、青葉荘教会、仙台愛泉教会、いずみ愛泉教会、エマオ、その他多くの協賛によりお支えいただきました。
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石巻栄光教会よりお借りしたテント
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婦人部の皆さん
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『障がい者就労支援センター・オリンピア岩屋』さんより提供して頂いたプランターキットにお絵かきをするこどもたち
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福島のこどもたちが作ったこいのぼり
そして何より、会場にお集まりくださったボランティアワーカーのみなさん、地域の皆さんお一人おひとりの笑顔を拝見することが出来たことが何よりもわたしたちの喜びです。
支援センタースタッフ
堀田暢

Working together with foreign volunteers

Working together with a group of foreign volunteers
Voice of a Japanese volunteer
By Narakazu Nishihama, 04/09/2012
A group of eight volunteers including five high school students, 15 to 17 year old, came from Texas. The students were from different high schools, but belong to the youth group of the same church, Cedar Park First United Methodist Church.
The first day, the Texas group painted a house. They appeared to have enjoyed the painting with the rest of the staff and volunteers. I picked up small pieces of debris from around the house. I thought it was an easy job at first, but debris from tsunami consisted of broken glasses were scattered all over the place. We even had some snow. The work did not progress for 5 meters.
On the way to work the next morning, a staff said that we need to stop by a house. I was puzzled, but it was the house I worked more than three months ago on the last visit. On that day I wrapped dishes with newspaper to prevent breakage. They were intended by the host to give to me. The host remembered me. Volunteers come and go, but even the staff remembered that job I did. I had come here as a volunteer several times.
We went to Oshika Peninsula, which is situated at east end of Ishinomaki, which took more than one hour driving from our center. Oshika has many beaches and we went to Ayukawa Beach in the morning. It was the first time I worked together with other volunteer groups and also the first time to Oshika. I am a Christian and always came to the Northeast volunteer work via Emmaus Support Centers operated by United Christian Church of Japan, but had interest in learning the projects of other volunteer groups. This occasion gave me a chance to learn about others.
We joined the project organized by Pikari. It usually coordinated a project involving several groups. The project was to clear up a field to be made into a parking lot. There were more than fifty volunteers made up of YMCA and several other groups. We removed large rocks and spread gravels on low areas. In the end we lined up side by side having arms over shoulders of each other and stumped to firm up the ground.
In the afternoon, we went to Ohara Beach to clear up more debris and wastes.
I was moved by the seriousness and hard work of the Texas group. I came from Osaka in western Japan, and every time I came the survivors of the
disaster thank me for coming from so far away, However, compared to Texas, the place I came was very close. I was inspired by their seriousness and firmly pledged a new to work together with the survivors of the disaster to revive the area.
We have not yet eliminated wars from the world. We are one with the Lord and seek real peace and justice through out the world. We pray and work together toward our goal. I would not forget for the rest of my life that we lived, worked, and joked together with the people from Texas.
Thanks; really thanks!!